それから三日後。

朝陽も寝ている早朝から、ピーターはティンカーベルとともに世界中の何処かへと旅立っていった。

魔法の粉で宙を舞い、空を飛ぶことに夢中になっている無邪気な親友。その背が小さく、遠く、雲の向こうへ消えてなくなるまで見送って、フックは一人、河のほうへと歩いていった。

けっきょく、国から逃げ出すことはしなかった。

けれど、ピーター達といっしょに行くことも出来なかった。だから、フックはこのネバーランドに残った。

二人の少年は、出会ってから初めて独りずつになったのだ。




あの後も、国から逃げるよう、フックは何度もピーターを説得した。

けれど親友は、その度に首をゆるゆると横に振るばかり。答えを変えることはなかった。

それならばと、フックはついに美しい羽の妖精に掴みかかり、手に持っていたナイフをそのか細い首筋へと突きつけて、彼女を脅したのだった。

「この性悪妖精め。世界中の子どもを連れてこいだって?

いったいオレ達に何をさせる気なんだ。

そいつらを幸せで飼い慣らして、お前達の奴隷にでもする気か?

それとも、このネバーランドを囲むように泳いでるワニのエサにでもするのか?

さあ、答えてみろ!

答えなければ、お前の自慢の羽を引きちぎってやる!」

フックの突然の行動に驚いたのか、はたまた、その剣幕に恐れをなしたのか、妖精は何も言わず固まって動かなかった。

そんな彼女の様子を見て、フックは落胆と哀しみの入り雑じった感情を吐き出すように、フッとひとつため息をついた。

視線は妖精に向けたまま、彼はたった一人の親友に向かって語りかける。

「そらみろ、ピーター。

これがコイツの本性だ。

どんなに美しい見た目をしていても。どんなにオレ達が信じても。最後に必ず裏切るんだ…。

今まで出会った卑怯な大人たちと何ひとつ変わりゃしない。

いくら楽しくて幸せだからって、命の危険にさらされてまで、こんな場所に居続けられるかっ。

これで、分かっただろう? ピーター。

ここから逃げよう、二人で…」


フックが言い終わるや否や、あろうことか妖精は彼の手の中で、高らかに笑いだしたのだ。

その声はどこまでも美しく、品と余裕に満ちていて、尚更フックを苛立たせた。

「何がおかしい!」

フックは声を荒げ、握ったナイフをさらにギリと、妖精へと突きつけた。

つっと一筋、か細い首から血を流し、それでもなお、品よく笑って彼女は言う。



「何がって…。ねえ、ピーター? 」



その言葉に驚きを隠せず、フックはゆっくりと妖精の視線の先を辿る。その時になって初めてしっかりと親友の顔を見た。

そうして今度はフックが絶句し、動けなくなる番だった。

驚いたことにピーターもまた、妖精と同じように笑っていたのだ。

プレゼントをもらって喜ぶ子どものように。とても楽しそうに、とても無邪気に。


どういうことだ? 目の前の現実に、感情が追いつかない。

氷よりも冷たいものが、フックの背筋を這い上がる。

ずっと一緒に生きてきた。この世でたった一人、自分の背を預けられる親友のことを初めて得体の知れない者のように思った。

妖精と同じ顔で笑うピーターの表情が、声が、仕草が、心の底から気持ち悪いと感じた。

気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い…。

混乱する頭で、フックは妖精を叩きつけるように手放して、握りしめたナイフを二人に向けて構えなおす。

精一杯に二人を睨み付けるも、その手の震えは止まらなかった。

いったい何だ。今、目の前で何が起きている?

耳障りな声で笑うこいつらは…、いったい何て名前の化け物だ?


ナイフをこちらに向けて、小さく震えるフックを見つめ返し、ピーターは彼を諭すように、やさしい笑顔を向けて、ゆっくりと話し始めた。

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ネバーランド はるむら さき @haru61a39

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