カナリアは天に
矢木羽研(やきうけん)
立夏のカナリア
この季節にサッカーボールを追いかける子供たちを見ると思い出す。小学五年生の五月五日、当時はなんてことのない普通の休日に過ぎなかった日のことを。
昼食を食べて暇を持て余していた僕は、ある友人に電話をした。特に仲が良いというわけでもなかったのだが、よく遊ぶ他の友人は塾や旅行で遊べないという話を事前に聞いていたのかも知れない。
「これから、お前んちに遊びに行っていい?」
「家は駄目かも。二号公園でいい?」
「オッケー、一時な!」
待ち合わせの二号公園には、他の友達は誰もいなかった。彼の性格からして呼ばなかったとも思えなかったので、やはりみんな都合が悪かったのだろう。ともかく、グラウンドの片隅でサッカーボールを取り合ったり、リフティングの回数を競ったりして遊んだはずである。
「ところでさ、この服ってなんだかわかる?」
一汗かいて水飲み場で休憩している時だったか、彼はふと自らの服装を指さして言った。黄色いTシャツと、青いハーフパンツだったと思う。
「うーん、……のび太?」
「違う、カナリア軍団! ブラジルのサッカー代表!」
そこから、ブラジルがいかにサッカー大国であるかを熱く語ってくれた。あまり興味がなかったので内容は覚えていないのだが、授業中に先生に指されたときはいつも答えに詰まるような彼が、とても饒舌に語っていたことだけは覚えている。
*
僕たちが秘密基地にしていた廃工場で彼の遺体が発見されたのは、翌六月の暑い日のことだった。ガス中毒だった。たまたま一人で来ていたときに、まだ中身の残っていたガスタンクから漏れたらしい。棺の中で眠っている顔は穏やかで、今すぐにでも起きてきそうだった。
お気に入りの黄色いTシャツ姿で送られていく彼を見ながら、僕は先日のニュースの映像を思い出していた。カナリアのかごを携えて、テロリストの拠点に強制捜査に乗り込む武装した警官たち。親に聞いてみると、カナリアは毒に弱いので、もし毒ガス攻撃を受けたりしたら真っ先に死ぬことで危険を伝えるのだという。
あの時、もしも彼が事故に遭わなかったら。もしかしたら友達みんながいるときにガス漏れが発生していたのかも知れない。一人だけ死ぬことで、みんなを守ってくれたのだ。かごの中のカナリアのように。
*
今年も初夏の抜けるような空を見ると、僕は天に帰ったカナリアのことを思い出す。今年の夏は久しぶりに同窓会を開けそうだと聞いている。鮮やかな黄色の花を、あいつの墓に供えてやろう。
カナリアは天に 矢木羽研(やきうけん) @yakiuken
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