2★わたしたちは似ている
千晴くんの家は、綺麗な一戸建ての住宅だった。
壁のペンキの白色と、屋根がわらのオレンジ色がよく合っている。レンガ造りのエントツもついていて、どうやら中に薪ストーブまであるみたい。
わたしの家は昔ながらの古民家だから、こういうおうちは憧れちゃう。
こんな素敵な建物に住めるなんて、羨ましいなあ。
「えーっと、ポストに入れればいいんだよね」
玄関先の壁には蓋つきの小さな郵便入れがつけられていて、そこに紙類を差し込むようになってる。
プリントを入れてみようとしたけれど、中に新聞かなにかが入っているのか、上手く差しこむことができなくて。
(これは、直接手渡しした方がいいかも)
わたしは郵便入れの少し上にある、インターフォンに視線を移す。
これを押したら、千晴くんは出てくれるかな……?
ボタンに手を伸ばし、軽く押すと、ピンポーンという高い音が鳴った。
そのまま、しばらく待ってみる。
いきなり押しかけて大丈夫だったかなあという不安と、今の音でびっくりさせていたらどうしようという焦りで、頭の中がぐるぐるした。
数分後、ガチャリと玄関の扉が開き、扉の隙間から男の子が顔をのぞかせた。
あごまで伸びた髪は、寝癖で先が跳ねて、ところどころカールしている。
紺色の黒いジャージを着ていて、外用のスリッパをはいていた。
「あ、あなたが千晴くん? わ、わたし、同じクラスの雛坂星那です!」
「………」
千晴くんは、体をこわばらせてる。
いつもは先生がプリントを届けているから、クラスメイトと会うのは久しぶりなんだろう。
「あ、あの、授業参観のプリントを先生に頼まれて。郵便受けに入れたかったんだけど、多分郵便がいっぱいで入らなくて……」
「……遠方からはるばる、ご苦労っ」
と、今まで一度も言葉を発さなかった千晴くんが口を開いた。
「書類配達、感謝なり……っ」
よほど緊張しているのか、語尾が上ずってる。
千晴くんはわたしの手からクリアファイルを受け取ると、再度口元を震わせた。
「あ、あのっ……、茶を淹れるから……、入ってもらっても、構わんが……」
ええっ。それはもちろん、有難いけれど。
突然家に上がりこんだら、ご家族の迷惑になるかもしれないよ。
「はっ。何の心配もござらん、我が両親は共にギルドへ向かっているゆえ、昼間はひとりで惰眠をむさぼっているのだ」
「え、えっと……? ギルド? 惰眠?」
申し訳ないけど、内容が全然分かんないよ~!
「あ、あの……、つまるところ両親が共働きだから、問題ないということで……」
突然流ちょうになったかと思えば、途端に小さい声でつぶやく千晴くん。
「あ、ああ、そうなんだ。そ、それじゃあ、少しお暇しようかな」
「エッ。アッ、あ、ドウゾ」
自分で言ったのに、あたふたと慌ててる。どうやら、悪い子では無さそうだ。
彼の案内で、わたしは二階にある千晴くんの部屋に通された。
床に座っててと言われたので、わたしは大人しく正座して待つことに。
ぐるりと辺りを見回す。男の子の部屋って、こういう感じなんだ。
入口に近い壁際には勉強デスクがデデンと置かれている。ベッドはなくて、窓際に布団とシーツがたたんで詰まれていた。中央には、丸いミニテーブル。
その横にはシンプルな作りの戸棚があって、ゲームのフィギュアや缶バッチ、模型、漫画家さんのサイン入り色紙なんかが入れられている。
(あ、あのフィギュア、『俺嫁コネクト』のミアちゃんだ)
その中に知っている作品のアクリルスタンドを見つけて、テンションが上がる。
わたしもアニメや漫画が大好きで、グッズを沢山部屋に飾ってるんだ。
もしかしたら、千晴くんと気が合うかも!
「あ、あの、お茶」
入口が開いて、お盆を手にした千晴くんが部屋に入ってきた。
お茶を淹れたコップをミニテーブルに置くと、おそるおそるわたしの顔を伺う。
「……お茶、嫌いじゃない、よな」
「ふふっ」
わたしは思わず、噴き出しちゃった。
噂と事実は違う。
目の前に立つ男の子が、少し言動が変わっているだけのフツウの男の子だったから。それがなぜか、物凄く嬉しくかったんだ。
「お茶、好きだよ。ありがとう」
「……良かった」
千晴くんはホッとした表情になり、控えめに笑う。
渡されたお茶をのどに流しこむ。
種類は麦茶で、麦の香ばしいにおいが鼻の奥に抜けていった。
「アニメ、好きなんだね。こんなに集めるの、大変だったでしょ」
戸棚を指さして言うと、目の前の男の子はポカンと口を開けて。
ど、どうしたんだろう。何かまずいことを言ってしまったかな……。
なんと声をかけたらいいか分からなくて、うろたえる。
そんなわたしに構わず、千晴くんはポツリと呟いた。
「……雛坂って、変な奴って言われない?」
「なんで?」
「俺のこと、ほとんどの人間はウザいとかキモイって言うから」
千晴くんは目を伏せる。前髪の奥の目は、哀愁を帯びていた。
「まあ、それもそうだなって思う。俺、ああいう感じでしか話せなくて。改善しようとしても、挙動不審になっちゃって。うまく行かなくて」
千晴くんはたちまち目に涙をためる。綺麗な顔が、一瞬でクシャリと歪んで。
その姿が、昔の―からかわれていた頃の自分と重なった。
あの頃のわたしは、常に下を向いて、必死に涙をこらえていたっけ。
周りに笑われることの苦しさを、この子も知ってるんだ。
そう考えたら、寂しい目をする彼を放ってはおけなくて。
「千晴くんは気持ち悪くなんかないよ! 好きなことに真っすぐでいられるのって、かっこいいと思う!」
わたしは身を乗り出し、千晴くんの顔に自分の顔を近づけた。
距離を詰められて、彼は「……っ」と声にならなかった何かをこぼす。
「あ、あり、がとう……」
「うん!千晴くんは、どんなアニメを観るの? わたしも、結構アニメを観るんだ」
なぜだろう。好きなことを口にすることを怖がっていたのに、千晴くんの前だと素直になれる。
出会ってまた一時間もたっていないのに、不思議だ。
「エッ。そ、そうだな。最近は【雨だれと恋々】って言う少女漫画を観てる。二次創作なんかも、たしなむ程度には」
その漫画はわたしも知ってる。主人公の女の子が、ヤンキーの不良少年と恋に落ちる、純愛ラブストーリーだ。
昔、確か小説投稿サイトに二次創作を投稿したこともあって。反応は全くつかなかったけど、書いている時間が楽しくて、幸せだったな。
「この二次創作とか好き。情景描写とかキャラの掛け合いが秀逸。ずっと追っかけてたのだが、最近更新されてなくてだな」
千晴くんはミニテーブルの上に置いていたスマホを手に取ると、ロックを外し、画面をわたしの顔の前に掲げた。
ピンクを基調とした可愛らしいデザインのサイトで、二次創作の投稿がさかんに行われているらしい。
オリジナル小説も何個かあるけれど、圧倒的に数が少なかった。
あれ? でもこのサイト、なんか見覚えがあるような……。
画面に表示されている小説は、傘を差した女の子の表紙から始まる二次小説で、一年前に更新されたきり投稿が止まっている。
この小説ってまさか……。
「この、星野日奈という作家は素晴らしい。なぜ投稿をやめたのだろう。好きだったのに残念だな。コメントも送ったのだが」
千晴くんはわたしの手からスマホを取り操作をした後、もう一度画面を見せた。
画面に映っているのは、『はる』という、そのサイト用のアカウントで。
【うぽつ】から始まるコメントが、そのプロフィールの一番上にあったんだ。
ああ、やっぱりそうだ。
この子が好きだと言っている小説は、わたしが。
わたしが、友達にからかわれる前に書いていた小説だった。
「……それ書いたの、わたし……」
うつむきながら、必死に言葉を絞り出す。
前は向けない。だって、今絶対変な顔をしてるもん。
「マ⁉」
「う、うん、マジ」
「お、俺、めっちゃファンで! このサイトに投稿された小説、全部読んでて」
千晴くんは感極まったのか、今日聞いた中で一番大きい声を出した。
彼の手が、膝の上に置いた自分の両手の上に重なる。
「……い、嫌だったら、来なくていい。俺が、一方的に、話したいだけだけど。ま、また、家に来て、……ほしい」
「―――っ」
「と、友達になろう!」
窓から差し込む日光が、わたしと彼の頭を優しくなでる。
光を受けた千晴くんの髪も、まつ毛も、瞳も、きらきらと輝いていて。
「うん!」
わたしが気持ち悪いと思っていたものを、君は、綺麗だと言った。
わたしが汚いと思っていたものを、君は好きだと言ってくれた。
その事実が、冷えていた自分の心を、体を、そっと温めてくれたんだ。
「行く! またいつか、絶対、遊びにいく!」
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