世界の隣に君を探して。

雨添れい

1★プリント係になっちゃった

雛坂星那ひなさかせな!」


 名前を呼ばれて、わたしは席から立って教卓へと向かった。

 教卓には担任の佐原先生が、プリントを片手に立ってる。

 先生から貰ったプリントを右手に持ち、席に帰る。

 そして、二つにたたまれた紙をそっと広げた。


「えーっと。雛坂星那………評価は………S⁉」


 紙の端に、赤いボールペンで大きく書かれた文字。

 それを視界に留めたわたしは、その場で小さくガッツポーズ。


(や、やったあああ!)


 この学校・桜凛おうりん中学校では朝活の時間を使って作文を書くことになってる。

 原稿用紙の一から三枚を、自分の字で埋めるんだ。


 国語の授業の一環で、表現力を高めるという目的があるみたい。

 この中学校は、国語に凄く力を入れていて、年間を通してこの活動を行うの。


 書いた作文は先生が添削して、五段階の評価をする。

 S、A、B、Ⅽ、Ⅾ。Ⅾが一番低くて、Sが一番高い。

 だけどSは、よっぽど作文の内容やテーマが上手くないと貰えないレアな評価。

 そんな評価をもらうことが出来て、わたしの心は小さく鳴った。


「わー、星那ちゃん凄いねえ」


 と声をかけてくれたのは、隣の席に座る立松美織ちゃん。

 お母さん同士が友達なこともあり、幼稚園から仲良くさせてもらっている幼なじみなの。


「あたしはⅭ。全然ダメだったわ。作文って言っても何書けばいいか分からない。適当に今日あったことを書いたら、この前プリントに『単調すぎます。もっとメリハリをつけましょう』って書かれちゃった」


 美織ちゃんは、プクッと頬を膨らませ、すねたような目つきになって言う。


 確かに、書くのに慣れていない人は、原稿用紙を埋める作業はきついかもしれない。実際に作文の時間、シャーペンを握りしめてウンウンうなる子もいる。


 S評価に浮かれていたけれど、その行為も他の子からすれば自慢に見えたのかも。

 わたしは高鳴っていた鼓動が、少しずつ遅くなっていくのを感じた。

 

「それにしても、星那ちゃんは本当に文章を書くのが上手いね。なんかコツとかあるの?」

「え? うーん、さあ……。感覚でやってるから、コツとかはなんとも」


「えーっ、感覚でこんなに書けるものなんだ! やば!」

「ちょっと、声が大きいよ!」


 美織ちゃんが突然大声を上げたから、クラスメートがいっせいにこっちを振り返っちゃって。

 恥ずかしくなって、わたしはすぐさま顔をそらしたんだ。


   ◆◇◆


 わたしの名前は雛坂星那、中学一年生。

 好きなことはアニメやマンガを見ることで、性格は真面目ってよく言われるかな。

 

 こういうと驚かれちゃうかもしれないけど、実は趣味でこっそり小説を書いてる。

 でも、今の話じゃなくて、昔少しだけやってたって感じ。

 

 小さい頃から、わたしは作品を見たり妄想したりすることが大好きで、頭の中で考えた世界をよくノートに起こしてた。

 

 オリジナルの小説もよく書いたけど、わたしが特にハマっていたのが二次創作。

 二次創作って言うのは、実際に発表されているアニメや漫画をもとに書いた作品。

 

 このキャラとこのキャラをもっと絡ませたいなとか、オリジナルキャラクターと喋らせてみたいなとか。

 色々な設定を考えて、文字をゆっくり紙にすべらせることが好きだったの。


 でも……小学五年生の時だったかな。たまたま自分が二次創作を書いていることが、友達にバレてしまってね。

 

『キャラと恋愛するとか、頭お花畑じゃん』

『星那ちゃん、痛いよ』

 って、色々言われちゃって、仲良しだと思っていた子からは距離を取られちゃったんだ。

 

 それ以来、わたしは文字を書く趣味を周りに秘密にすることを誓ったの。

 せっかく始まった中学生活。波風は立てたくないし、笑って楽しく終わりたい。

 だから、そのためにどうしても隠しておかないといけないんだ。

 

 自分が好きだと思ったことが、他の人にとっては気持ち悪いことで。

 自分が正しいと思ったことが、他の人にとっては痛いことだと気づいたから。


   ◇◆◇

  

 時間はあっという間に過ぎて、気づけばもう帰りの会。

 机の上に置いたリュックに教科書を詰め終わり、わたしはのんびりとスマホを見ながら、担任の先生を待った。

 

 この学校では、休憩時間のみスマホを触って良いことになってるんだ。

 適当に、動画配信サイトでも開こうかなと検索バーを押そうとしたとき。

 突然、ピロンッという通知音が鳴ったので、わたしは驚く。


「……小説投稿サイト、『ピュアフル』……」

 

 送られてきたテキストのタイトルを見て、顔をしかめる。

 それはわたしが昔使っていた小説投稿サイトだった。

 現在小説は何も投稿してないし、運営からの通知は全部切ってるはず。


(一体何のメールだろう……?)

 

 メールアプリに飛んで、テキストを開いてみる。そこに書かれていたのは、過去にあげた小説への応援コメントだった。


 【うぽつ。おもろかった。神作に出会ったかもしれない。あざす】

 

 送り主のアカウント名は、『はる』。知らない名前だ。

 文章は少し乱暴で冷たいけれど、内容はあったかい。


(あんな前の作品を、まだ読んでる人がいるんだ……)

 

 と、教室に担任である佐原先生が入ってきた。

 大学を出たばかりの、若い男の先生だ。

 

 おっと。スマホの電源を切らなきゃ。

 わたしは急いでスマホをリュックの中に入れた。

 

 うちのクラス・一年四組の帰りの会は進みが早くて、とんとん拍子に話が進んでいく。日直の人や当番の人がテキパキ動いてくれて、残すは先生の挨拶のみになった。

 

 佐原先生は教卓へ立つと、声を張り上げて言う。


「誰か、鵜飼うかいの家にプリントを届けて欲しいんだけど、家の近いやつはいるか?」

 

 その言葉に、クラスメートが後ろを振り返る。

 一番左の列の最後尾の席には、お花がいけられた花瓶が置かれてあった。

 

 この席は、鵜飼千晴うかいちはるくんっていう男の子の席なんだけど、千晴くんは新学期が始まってから、一度も学校に来ていない。

 どうやら、入学式も休んだらしくて。


 なので、ほとんどの子がその顔を知らない状況。一部の子からは、「きっと根暗で陰気な奴だよ」って言われてる。


 決めつけるのは良くないよって返したいけど、千晴くんがどんな子なのか知らないから、結局何も言い返せなかった。


「誰かいないのか? まあ、いない場合は先生が持って行くが……。今日は職員会議で少し遅くなるんだよな」と佐原先生。


 千晴くんの家は、わたしと同じ地区にある。その距離、約三百メートル。

 登校するときに家の前を通るから、場所も大体覚えてる。

 先生に負担をかけるのも悪いし、持って行くくらいなら。


「あ、あの、良かったら、わたしが持って行きます!」

 

 ビシッと手を挙げて宣言すると、佐原先生はたちまち笑顔になった。

 通路を歩き、先生はわたしのそばに来ると、プリントを机の上に置く。


「じゃあこれ、授業参観のプリント。ポストの中に入れるだけで良いから」

「はい!」


 わ~~、引き受けちゃった。

 男の子の家に行くのは初めてだし、ちょっと緊張するなぁ。


 まあでも、ポストの中に入れるだけだったら大丈夫か。家にあがらせてもらうなら、話は別だけどね。


 そのときのわたしは気づかなかった。この出来事が、のちに自分の世界を変えることになるなんて、さっぱり分からなかった。


 

 


  

  

 

 


 

 

 


 



  

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