第3話 その男、職業鑑定の儀に遭遇す (後編)


 扉の先は真っ暗であった。


 視界は暗闇で何も見えぬが、歩くことが出来る。

 しかし、歩いている感覚なのだが、真っすぐ歩いているつもりなのだが、大きく曲がっているような、登っているのか、下っているのか、時折妙な感覚を覚えた。

 そんな感覚が精神的なストレスとなり、疲労感が加速する。

 この男の顔にも、若干の疲労が見えてきた。


 その時だった。


 急に視界が開けた。

 光が入り、目が眩む。しかし、それは一瞬の事ですぐに目が慣れた。


 ん? と思わず呻く。

 どこかを歩いてきたと思ったら、いつの間にか複雑に組まれた期の間に挟まっていたのだ。


 木の間から抜けようと足を下ろしてみたが、着かない。床が無いようだ。

 どうやら何かの建物の天井の梁の間にいるらしい。

 下を見てみると、少年と少女の二人組がいる。

 何やら話をしているようだが、日本語だ。 さらに見回してみる。


 石畳の床、木の柱、どこかの屋内であろう。

 人の気配がさらに複数感じる。

 少年少女の2人と、やや距離を取って周りを囲む人間たちがいた。

 法衣のような服を着た男たちと西洋風と思しき甲冑を身に着たクラシックな兵士たちというところだろうか。

 何やら各々喋っているようだが少し拝聴するとする。


 少年少女は日本人のようだが、取り巻いている人間たちは?

 皆、日本語を喋っているように聞こえる。

 あの如来は神だから、言葉など意に介さぬと思っていた。

 下の少年少女と周りを取り囲む者たちとの会話も日本語の会話に聞こえる。

 元の世界、現世ではなく新たなる世界、と言っていた。言語の壁は存在しないのか?

 天井はまずまず高い。

 床の一部には赤い絨毯が敷かれていて、奥の祭壇へと続いている。その先にはわずかな段差があり、壁に見事な極彩色の窓が天井近くまで伸びている。

 豪奢なステンドグラスであった。ここは恐らく教会的な施設であろう。

 ステンドグラスには人物と思われる絵が描かれているが、見知らぬ異教の神々であろうか。いや、白き回廊にいた女神のような気もしたが似ても似つかぬ。


 寺生まれに天主堂とは、これいかに?


 などと考えてしまっていたが、どうでもいいことだ。

 しばらく下の様子を見守る事とした。




 リョウと高田順慈の前に立つ巨大な男。

 予期せぬ乱入者に目をむく2人。

「だ、誰?」

「寺生まれだって・・・・」

「アンタの知り合い?」

「知るわけないだろ!」

 リョウは理由の分からない安心感を感じていた。

「何だかわからないけど、何とかなるんじゃない?」



「テラウマレ? 一体何の事だ?」

 訝しむ白法衣の男が続ける。

「お主も女神様に導かれし者か?」


「招かれた客ではなかったようだがな。如来様には会ってきた」


 ニョライ? とさらに訝しむが、隣の茶色の法衣の男より、神託では間違いなく2人でした。と報告が入る。

「女神様に会われたな、ではスキルは賜って来ているな? お主にも職業鑑・・・・」

「いいや、断った」

「なにィ?」


「他人から与えられる力に何の意味がある?」


「女神様から与えられるスキルと、我らにより行われる職業鑑定の儀によって完成する。魔王討伐への第一歩だ!」

「ほう、魔王とな」

 寺生まれはひと息つき、

「魔王とはすなわち、第六天魔王のことかな? 第六天魔王は仏の敵だ。寺生まれの身としては仏敵は討たねばならぬ」

「ブッテキ・・・・? 何の事だか分らぬが、その気があるならスキルと職業は必要になるな」


「漢として寺に生まれて、この身一つ。」


 寺生まれは右手の人差し指を立て、その手を白法衣の前に突き出した。


「もう一度言う。他人より与えられる力に何の意味がある?」


「ダイロクテン魔王ってなんなの、知ってる?」

 リョウが小声で高田順慈に尋ねる。

「なんだ知らないの? 織田信長の事だよ。織、田、信、長! そうか分かった、この世界の魔王の正体は織田信長だったのか!」

 簡素な質問に対して答え方が少々ウザイ、とリョウは思った。この場合、織田信長は関係ないのだが、それを2人に伝える者はいない。


 微かな悲鳴が上がった。

 寺生まれは頭を動かす動作のみで後ろを確認すると、リョウと高田順慈の2人が兵士たちに拘束され後方に連行されていた。


「他人の事より自分の心配をしたらどうだ?」

 白法衣が合図をすると、寺生まれの周りを兵士たちが取り囲んで槍を突き出してきた。

 四方より突き出された槍によって、寺生まれの首の周りを雁字搦めに抑え込む。

 それに対し、寺生まれは両腕をブラリと下げたままで身構える様子を見せない。


「あの2人は年端もいかない子供のようだな。子供に危険行為を強要し、言う事を聞かぬのであれば力ずくで事なそうなどと、漢として恥ずかしいとは思わないのか?」

「魔王討伐に赴かぬ、生の消費がたかが知れている異界人など用は無いのだ。それはお主も同様よ。女神様のスキルを拒否した愚か者など、あ奴らと一緒にジョ界に落としてくれるわ!」


「・・・・異界の僧侶は説法をするのに弁舌を用いず、暴力を用いるか。相応の対応をさせてもらうぞ」


「ほざけ、一体何ができるというのだ」

 兵士たちに向けられている槍にさらに力が入り、寺生まれの圧し潰そうとした。

 が、寺生まれの肉体はびくともせず、兵士たちはやや動揺する。

 寺生まれを目を瞑り、ゆっくり息を吸い込む。

「はッ!」

 寺生まれを搦め捕っていた兵士たちの槍が一斉に上方に打ち撥ねた。

「消えたッ?!」

 寺生まれの姿が無い、いや、視線が上に向く。天井近くにその姿があった。

 垂直に跳んだのだ。


「さっきはただの着地だったが、今度は一味違うぞ」


 寺生まれの体の落下速度は加速し、突き出した右足が微かに発光した。

「はぁッ!!」

 石畳の床に叩きつけられた右足は、轟音と衝撃波を四方に放った。

 取り囲んでいた兵士たちは、方々に吹き飛ばされた。


「鍛錬が足りぬようだな」


 リョウと高田順慈たち2人のところまでは衝撃波は届かなかった。

 2人は目を丸くしたが、彼らを連行しようとしていた兵士たちも度肝を抜かれたようだ。

「なんだよ、何なんだよアレ?!」

 驚きと動揺で半笑いとなっている、高田順慈。

 リョウも変な汗をかいていた。

「何、なんなの? なんだかわからないけど」


 とにかく、スゴイ。


 驚いたのは、リョウと高田順慈だけではなかった。

 法衣の男たちも動揺していた。

「なんだ、お主。スキルも固定職業も無いのに、魔法が使えるのか?!」

「魔法、なんだそれは? 俺は体術を少し使っただけさ」

 ゆっくり身構え、

「実力行使に意味が無い事は理解できただろう?」

 白法衣の後ろに控える複数の法衣男たちがざわついている。


「ボーアン司祭」

 黒い法衣服の男が白法衣の前に出てきた。ボーアン司祭というのが、この白法衣の名前のようだ。

「なんだ、見習い神官」

「我々は戦闘職業ではありません。兵士たちで歯が立たないのならば、この御仁とは争うべきではないかと心得ますが」

 白法衣ことボーアンは見習い神官を睨みつけ、不適な笑みを浮かべた。

「何、心配には及ばんよ。俺にはこの力がある」

左右の手を上に向け、光の玉状の物体を発生させた。

「光属性の魔法よ。これを使える者は中々おらんぞ?」

 光の玉より電流の様なものが走っている。

 法衣服の男たちは慌てふためく。

「ボーアン司祭! 魔法技の取得は戒律に反しますぞ。我らが女神リョウフォン様に対して不敬であります!」

「黙れ、見習いごときが!」

 ボーアンの手の中の光の玉より光の筋が、稲妻のごとき軌道を描き見習い神官に伸びた。

 直撃すると思われた光の筋は、見習い神官の目の前でかき消えた。

「何ィッ?!」


「おいおい、パーティの主賓をほったらかして身内でお楽しみか?」


 全員の目線が、一点に集中する。

 皆の目線の先には、右掌を開いて突き出している寺生まれの姿があった。


 しかし、招かれざる客であった。


「テラウマレェッ!!」

 ボーアン司祭の両手の光の玉より、光の筋が放たれる。その大きさは先ほどの比ではなかった。

 寺生まれは両手で虚空に円を描き、手を揃えて前方に突き出した。


「破ァーーーーッ!!」


 刹那、周囲が強い光に包まれた。


 なにが起こっているのか。

 そんな事はリョウや、高田順慈、その他の者たちにも分かるはずがなかった。


 高音のガラスの割れる音が響き渡った。

 ボーアン司祭の身体がステンドグラスを突き破り、外に吹き飛ばされた。


「戒律を破り荒事をなす、僧侶なら腕っぷしじゃあなく、徳でも積むんだな」


 果たして、人の事が言えるのか。


 リョウは呆然と寺生まれを見ていた。

 2人を拘束した兵士たちは戦意を喪失したようで、すでに何人かは逃亡しだしている。

 何やらはしゃいでいる隣の高田順慈に声をかけた。

「なんだよ?」

「アンタの家もお寺だよね。・・・・出来るんでしょ? ハァーッって」

「出来るわけないだろ!」


 寺生まれはそのまま、ステンドグラスが砕け散って出来た穴から外に出た。

 外は教会の敷地内の様で、別棟や柵などが見える。周囲に住民などはいないようだ。

 庭園に砕け散ったガラス片とボーアン司祭が転がっていた。

 動きながら何やらブツブツ喋っている。

 寝転がっているボーアン司祭の傍に立ち、

「殺生は好かんのでな。手加減はしたぞ」


 いくら手加減をしようと、打ち所が悪ければ死亡する可能性は十二分にあったが。


 ボーアン司祭は歯を食いしばりながら何やら呻いているが、聞き取る事はできなかった。

「聞きたいのだが、俺たちはどうやったら現世に帰れる?」

 お前なら知っているだろう、と続け身を屈めた。

「わかった、門(ゲート)だ。門を開ける」

 だから命だけは助けてくれ、と命乞いを始めた。

 寺生まれは無反応であった。

 沈黙に圧迫感を感じたのか、ボーアン司祭は両手を地面につき、ブツブツと唱え始めた。すると黒い電流のような物が走り出し、地面に直径2mほどの黒い円が出来上がった。


「これだ、これの中に入れば現世とやらに戻る事が出来る」

 さあ、さあ、とボーアン司祭。汗をかく量が多い。

「この黒い穴に入れば現世に帰れるのか?」

「そうだ、その通り。これで許してくれッ」

「そうか、これで帰れるのか」


 アッ、とボーアン司祭の呻き声が漏れた。

 寺生まれは左手でボーアン司祭の頭部を鷲掴みにし、そのまま持ち上げた。

 ボーアン司祭の身体は地面より浮き上がり、頭部を掴まれた状態での宙づりとなった。

 そのまま、ボーアン司祭の身体は横へ移動し、黒い穴「門(ゲート)」の真上に固定された。


「帰れるのはありがたいなぁ。だが、初めて通る道ってのは、安全を確認しなきゃいけないよなぁ?」


 こんな事を言っているが、皆々様、思い出していただきたい。

 女神の白き回廊にて、扉を破壊し、安全の確認もせず突入したのはこの男である。 

寺生まれにとって幸いなのは、その事実を知る者はこの場には誰もいないことだ。


「ちょいとすまないが、試しに通ってみてくれないか? なに、現世ってところはコチラより危険は少ないから」

 ボーアン司祭は涙目で手足をバタつかせている。何か喋っているようだが、聞き取ることが出来ない。


「お待ちください!」


 見習い神官と呼ばれていた、黒い法衣の男が寺生まれたちの近くまで来ていた。

 教会の中より他の法衣の男たちが出てきている。


 そしてリョウと高田順慈もその中にいた。


「その黒いゲートはジョ界へ通ずる門です。落ちたら、恐らくですが生きては帰って来れないかと思われます」


「無間地獄か、そんな事だろうとは思った。現世に帰るには試練に打ち勝てば道が開けるとか、如来様が言っていたからな。試したのよ」

 寺生まれはボーアン司祭を一瞥し、

「この男は、今まで何人もの異界人をそこに落としたと言っていたな」

 その中には命乞いをする者もいたのだろうが、と言葉を続け、左手に力が入った。


 ボーアン司祭の呻き声のボリュームが上がる。

 今にも握り潰してしまいそうだ。


「このボーアン司祭も、我らが教団も、まこと業が深き所業を繰り返してきたようですが、どうかご慈悲を」

 見習い神官の「ようですが」という言い回しにが気になった。

「失礼いたしました。手前、王室付きの神官見習いであり、今回王命にて、職業鑑定の儀を見学するよう使わされた次第であります。手前勝手な事情でありますが、平にご容赦を」


 シンキゥと自らの名前を名乗った。


 こちらに対して、両拳を握って顔の前で合わせている。

 恐らくこの世界における、挨拶か何かの儀礼の一種と思われるが、その拳が震えていた。己の中の恐れを押し殺しているのだろう。

 見たところシンキゥも10代ぐらいの少年と思われる。しかし、年齢にそぐわぬ落ち着きと物言い、だと思ったが。

 寺生まれはボーアン司祭をシンキゥの前に放り投げた。情けない声を出して、地面を転がる。


「その男はあなた方の寺の戒律を破ったのだろう? だったら、あなた方の寺の内で裁かれるべきだ。他の寺のモンが口を出すべき事ではないな」


 テラ? という単語は理解しかねていたのだが、つい反応してしまった。それでも寺生まれの慈悲には感謝した。


「あらためて御礼申し上げます。しかし、その、質問していいですか?」

「なんだ?」

「異界人の方々は皆、貴方ようにお強い方ばかりなのですか?」


「いや、ただ単に俺が寺に生まれたからだ」


 テラとは、なんだかよくわからないが、とにかく凄いな。


 異界人の発する凄味に、シンキゥはそう思った。


 リョウは高田順慈を一瞥する。

「いやいや、無理だから!」

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寺生まれのその男、異世界にて並ぶ者無し 百合咲 武楽 @yurizaki

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