第2話 その男、職業鑑定の儀に遭遇す (前編)


 「よくぞ参った、異界人よ。」


 白い法衣をまとった男が言った。

 老齢というほどではないが、白髪率の高い髭を蓄えた壮年の男。


 白法衣の男の後ろには色違いの茶色い法衣をまとった男たちが複数いた。恐らく白い法衣の男の身分が高いのだろう。

 教会の内部のような構造の建物の中にいる。法衣の男たちは祭壇のような少し高い位置に陣取り、そこから1段下がった周りを複数の兵士のような人間が取り囲んでいる。祭壇の後方には見事なステンドグラスが見えた。


「なんですか、あなたたちは?」

「ちょ、ちょっといきなりケンカ腰はやめろよ。リョウ。」

「下の名前で呼ばないでよ! 馴れ馴れしい」

「わかったよ・・・・。」


 法衣の男たちの前には少年少女の二人組がいた。

 二人とも学生用のブレザーを着ている。


「二人とも、女神様の審判を受けスキルを授かってきたのだろう?」

「確かに女神って人には会ってきたけど・・・・」


 白法衣の質問にはリョウと呼ばれた少女が答えた。



 ある日、いつものように中学校に登校した。


 なんという事もない、いつも通りの日常が始まる朝だった。


 しかし、その日はイレギュラーが起きた。


 あるクラスメイトの一人が、登校中に珍しい本を拾ったと騒いでいた。


 周囲の男子は「エロ本だ」と期待が高まったようだったが、開くと読めない文字がびっしりと書き込んであった。

 男子たちが白けていると、何やら勝手にページが捲れだした。


 あるページでぴたりと止まる。

 そこには見知らぬマーク? 家紋? が書き込まれていた。


 そのマークが発光し、教室全体が光に包まれた。


 マークは魔法陣だったのだが、初めて見るそれに気が付く中学生などいない。

 いたところで、対策など立てれないであろうが。


 目が覚めると、暗い空間の中にいた。


 リョウの前にいたのはクラスで目立たない存在の眼鏡をかけた少年、高田順慈(ジュンジ)がいた。

 リョウと高田順慈の二人だけが、暗い空間に存在していた。

 他のクラスメイトはどうなったか、わからない、知りようがなかった。


 協力して周囲の探索に取り掛かった、が。

 二人はそもそも、幼馴染であったのだが、成長とともに疎遠になり、普段全く喋ることが無かった。その為、会話は非常にギクシャクしていた。

 無言になる時間も長い。 

 気まずい空気と共有しがたい間となっていたのだが、その時に発見があった。


 二人の先に、黒い扉が一枚と、玉座の様な椅子に座った半裸の女が現れたのだ。


 女は自分を「女神」と名乗った。


 二人は自分たちが異世界に連れてこられた、という事を知った。 



「ここは一体どこなんですか? 私たちは帰れるはずじゃないんですか?」

 リョウや高田順慈にはわからない事が多すぎた。

 積極的に質問するリョウに対し、高田順慈は引いていた。何か言いたそうではあるが口には出せないようだ。


「ふむ、スキルを賜ってきたというのに、女神様からの恩寵が足りていなかったということか」


 白法衣の男は横の部下と思しき男に何やら話している。


「よく聞くがよい。我らはリョウフォン神を崇め奉るリョウフン教団である!」

 部下の男が声を張り、説明を始めた。

「親愛なる女神リョウフォン様の御心により、貴殿らはこの世界『エン界』に導かれ給うたのだ!」

 一呼吸置いて続ける。

「貴殿らはすでに女神様のご慈悲により、神の御業(スキル)を賜っているのとの言。よってこれより貴殿らは『職業(ジョブ)鑑定の儀』を受けていただく!」


「何言ってるの、この人たち・・・・?」

 相手の喋っている言葉は何故かわかるのに、意味が分からない単語、話の内容にリョウは困惑した。


「スキル授与の次は職業鑑定だよ、張本! 超レアなSS級(クラス)職業をGETするチャンスじゃないか!」

「アンタも何言ってんのッ?!」


 何故か急に元気になった高田順慈。張本遼はリョウのフルネームである。


「なに? アンタ前にここに来た事でもあるの?」

「あるわけないじゃないか! 本で読んだことあるんだよ。異世界転生だよ!」


 転生とは本来の意味は生まれ変わる事であるが、ここは少し違った意味で使われているようだ。


「何だか全然よくわからないんだけど・・・・、どうすればいいの? 何が正解なの?」

「決まってるんだ。さっきも言った通り、SS級の職業をもらってしまえば異世界チート無双が出来るんだよ!」


 チートは本来の意味はズルとか卑怯とかの蔑称なのだが、ここは少し(以下略)


 何やら目を輝かせている高田順慈にドン引きのリョウであった。

 そもそも、職業鑑定などと言っている意味もわからない。

 この何者かもわからない連中に、すべてを委ねてしまう危うさが不安で仕方がなかったからだ。

 だから異世界に来て無双だのなんだの言う、高田順慈に共感することが出来ない。


 法衣男たちを放置して小声で相談が続く

「ちょっと、もう少し冷静になってよ! アタシたち結構ヤバイ立場にいるんだよ」

「それはわかってるよ。だから張本があの人たちに食いつきすぎなんだよ。あの人たちの機嫌を損ねたら、それこそ取り返しがつかないかもしれないじゃないか」

 う、一理ある。とリョウは少し高田順慈を見直した。


「だからここは相手の話に合わせんだよ。機嫌さえ取れてればどうにでも転がる。」

「アンタ、女神からスキル貰う時もそんなこと言ってなかった?」

「ま、まあ、さらに言えば、SS級職業みたいなのがもらえれば、あの人たちも悪いようにしないはずだよ。」


 はず、という点が引っ掛かる。女神からのスキル授与という意味の分からない展開を流れでやり過ごしたが、状況が好転したとは言い難い。


 リョウは現世に帰りたいと思っていた。

 家族の事、他のクラスメイトがどうなったのか、まだまだやりたかった事など、それらを投げ出すわけにはいかない。

 このまま流されても帰ることが出来るとは思えなかった。


「張本、俺たちには情報も少ない。とにかくチャンスを待とうよ。」

 慎重な意見、だとは思うのだが、何故か高田順慈の表情は嬉しそうにも見える。


「あの・・・・、質問いいですか?」


 片手をあげてリョウは、法衣の男たちの方に声をかけた。

 高田順慈との会話は一旦打ち切り、新たな情報入手を試みる事にした。相手の機嫌は損ねない、という高田順慈の意見を採用する。


「話し合いは終わったのかね? 異界の少女よ」

 答えたのは白い法衣の男であった。


「あの、色々わからないことが多すぎるんですが、アタシたちは何故ここに居るんですか?」


「女神様の御心によって導かれたのだ。と言っても分かりずらいかな?」

 白い法衣の男は続けた。

「まず貴殿らは女神の間に導かれた。それを儂らは神託により知ることが出来るのだ。そこから貴殿らをこの場に召喚の儀式を持って誘導した。」


「何のためにですか?」


「貴殿らには職業鑑定を受けてもらい、魔王を討伐してもらう為だ。」


 魔王討伐、またゲーム等でしか聞いたことが無いような単語が出てきて、リョウは困惑した。高田順慈は喜んでいるようだ。


「何、簡単なことだ。貴殿らはすでに女神様よりスキルを賜っておるのだ。能力開示(ステータスオープン)は可能であろう?」


 白法衣の男の後ろから台座が押し出されてきた。台座の上には水晶玉のような物が乗っている。


「後はこの運命の水晶に手をかざすだけだ。それにより宿命の職業が与えられる。」


 簡単なこと、とは職業鑑定のやり方の事のようだ。

 魔王討伐の事を指しているわけではない。


「なんでそんな事、アタシたちにやらせようとするの? 自分たちでやればいいじゃない!」


「おい、張本・・・・!」

 焦る高田順慈。彼の意見が蹴られたのはあまりに一瞬だった。


「娘よ、よく聞け。この場に召喚された異界人はお前たちだけではない。」

 白法衣の男が喋りだした。

「数多の異界人たちが女神様よりスキルを賜り、この場に召喚され職業鑑定の儀を受けてきた。それはすべて魔王及び魔王軍との戦いの為に必要だからだ。」


 辺りは静まり返っている。リョウの前に少し埃が降ってきてたが、気にもならなかった。


「皆、職業を確定して各々旅立っていったよ。魔王の討伐が現世に帰る為の女神様から与えられた試練だからな。だがな、全員が魔王討伐に向かったわけではない。拒否する者たちもいたのだ、今のお主たちのようにな。」


「・・・・その人たちはどうなったの?」


「生の消費を拒む者などに用は無いのだ! 」


「生の消費ってなんだよ・・・・?」

 高田順慈が呻く。言っている単語はよくわからないが、とにかくヤバイというのは察することが出来たのだ。


「職業を得てレベルを上げぬ者の生などに価値は無いのだ。」

 言って白法衣の男は片手を前に突き出した。

「須らく、このエン界より奈落、『ジョ界』に落とされた。ジョ界には亡者の如きイェン族が蠢いてるという。誰も帰ってきた者はおらんよ。」

 一呼吸置き、

「どうだ? 生の消費を望み、職業鑑定の儀を受ければ、現世に帰る機会も得られよう。悪い話ではあるまい。」


 もっとも、職業鑑定を受けて、あまりにも役立たずな職業を得た者もジョ界に追放したがな、と言葉を続けた。                                                                                                                                       


「どうするんだよ、張本! もう儀式を受けるしかないだろ?!」

「でも、・・・・でも、アイツら、どっちみちアイツら、最初からアタシたちを殺す気なんじゃないの?!」

「それは・・・・。」


 高田順慈には何も言い返すことが出来ず、半泣きで笑い出していた。


 職業(ジョブ)を得て魔王軍と戦うか、拒絶し、さらなる異界に追放されるか。

 どちらを選んでも死に等しい。

 それが早いか、少し遅いか、ぐらいの違いしかないのだ。


 ・・・・誰か、誰か助けて・・・・!!


 リョウの心の中の叫び。

 


「世の人、それを未成年の誘拐、拉致という。」



 聖堂内に男の声が響き渡る。

 今までに聞いたことのない声であった。


 「何者だッ!」


 法衣服一同、辺りを見回すも姿が見えなかった。

 俄かにザワ付き始める。


 リョウと高田順慈にも状況は理解できるはずもなかった。


 リョウの前に再び、埃が降ってきた。

 思わず顔を見上げる。


 男。


 リョウの視界に、見知らぬ男が天井から降ってくる姿が飛び込んできた。


 轟音と共に目の前の床に着地した。


 周囲に埃が舞い、地響きにて聖堂内の空気、建物が微かに震えた。


「未成年の誘拐、拉致及び恐喝に強要・・・・、まあ法律の専門家じゃあないのでね。とりあえず、俺のいた世界では犯罪行為、漢として恥ずべき所業だ。」


 男はゆっくりと立ち上がりながら言った。


 リョウの視線は見上げる形となる。

 高田順慈その他、聖堂内にいる者全員の視線は男に注視していた。


 長髪を一本に纏めて後ろに縛り、筋骨が隆々とした大柄の男。


「先ほどの声、貴様か。もう一度聞く、何者だ?」


 白法衣の男は兵士たちに合図を出している。

 兵士たちは槍を構えながら、リョウたちの周りを囲みだしていた。



「俺か? ただの通りすがりの寺生まれだ。」



 

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