夢で見た風景
羊谷れいじ
夢で見た風景
僕はよく夢を見る。それは草原の風景だったり、あるいは洞窟だったり。
誰かと一緒にいることもあれば、一人で旅をしていることもあった。
夢で見た風景は、いつも優しくそして少し切なかった。
その日の夢は、古びた懐中時計を探して廃墟になった広い洋館の中を歩いていた。長い月日の雨風に汚れてしまった窓から差し込む日差しは、この廃墟の中さえも温かな気持ちにさせてくれた。剥がれた壁紙や崩れた本の山。散らばった食器やシーツ。何もかも無機質な空気に飲み込まれていたけど、そこに確かにあったかつての暮らしが感じられた。モダンな茶色の絨毯が敷かれた階段を上ると二階には寝室があった。まるで高級ホテルのような廊下や開いたままの扉の繊細でシンプルな作りがそこにあった。二階の廊下の日差しがこぼれる片隅の寝室に入ると、そこには一人の少女がいた。廃墟になった洋館にたった一人でいる女の子に僕は驚きもしなかった。何故なら、少女がそこにいることを僕は知っていたから。
「おかえりなさい」と少女は微笑んだ。
「ただいま」僕は少しかすれてうまく出ない声でそう言った。
少女のいた部屋だけはかろうじて、かつての暮らしがそのまま残っていた。僕がプレゼントしたおどけた兎の置物。お気に入りだったレースのカーテンもきれいなままだった。
「他のみんなはもういないの」と彼女は言った。それはまるでとても当たり前のことのようにも寂しげにも感じる声のトーンだった。
僕は頷くと、ベッドの脇の椅子に座り、
「僕のせいだね」とため息と一緒に呟いた。
彼女は何も言わず、ベッドで足をブラブラさせて座っていた。
少女と洋館の外に出ると、手入れのされていない雑然とした庭があった。みんなが好きだった木のベンチとブランコもそこにあった。そよ風が木の葉や草の音を優しく奏でている。ベンチの軽く手で払うと、僕は静かに座った。
僕の前に立った少女はおもむろにスカートのポケットから古びた懐中時計を大切そうに取り出した。
「これ探してたんでしょ?」少女はクスリと笑った。
「ありがとう」僕はそれを小さな彼女の手から受け取った。
「それ、もう忘れないでね。」と少女は言った。
「忘れないよ。忘れない・・・」僕はうつむいて頬に温かいものが伝うのを感じて涙をこぼしていることに気が付いた。
顔を上げると、そこには少女はもういなかった。風だけが静かに吹いていた。
朝、目が覚めると窓から差し込む優しい光があった。僕はぼんやりする目覚めの中で小さく祈りこめて、あの少女のことを思った。
今日という日は素晴らしくはないかもしれない。楽しくない一日もあるかもしれない。けれども自分を感じて生きていけることは何よりも素晴らしい。
時は過ぎ、思い出はいつか風化してしまったとしても、それでも僕が僕でいる今日は素晴らしい。
夢で見た風景 羊谷れいじ @reiji_h
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