御徒町エンドレス・リバー

佐藤ムニエル

 歩き始めてどれだけ経っただろうか。アメ横はまだ終わる気配がない。

 初めはほんの興味本位だった。特に何か買わねばならない物があるわけでもなく、ただ店先に並ぶ品々を眺めるつもりで足を踏み入れたのだった。

 初夏にしてはやや暑い五月の週末のアメ横は、年末の書き入れ時ほどではないにしろ、普段は人混みを避けて生きている者にとっては来たことを後悔するのに充分な混み具合だった。賑やか、というには度を超しており、絶えず後ろから人が歩いてくるので流されるまま歩かざるを得ない。気になる店を見つけて寄ろうとしても辿り着けず通り過ぎてしまう。その度に、人混みでの所作が全くなっていないことを痛感させられた。

 洗われる芋の気持ちで歩いているとすっかり気が滅入ってきた。場違いな自分はさっさと帰ろうと心に決めた。

 だが、どれだけ行けども終わりが見えてこない。前方には人々の頭、頭、頭。右手を建物、左手を電車の高架に挟まれているが、それらが長い塀のようにどこまで続いているように見える。たしか出口の所にも入口と同じようなアーチがあった筈である。それがどこにも見当たらない。

 以前来た時にはこんなに歩いただろうか。子供の頃には広く感じられた公園が大人になってから行ってみると狭くて驚く、ということは何度も経験しているが、これは逆である。アメ横は私の記憶より何倍も長い。

 いや、記憶違いなどではない。高架の上を電車が三度往復するのを確認したので、少なくとも十分以上は歩いた計算になる。いくらゆっくりとは言え、距離にしたらとうに御徒町駅に着いていてもおかしくはない。辿り着かないまでも、駅や出口のアーチが見えても良い頃だ。

 見回すと、周りの人々は何でもなさそうに歩き続けていた。外国人と思しき観光客は連れ合いとお喋りを続けているし、サラリーマンは誰か通話をしていた。耳に白いイヤホンを詰めている若い女性も、何らかの異変を感じているようには見えなかった。

 私は勇気を出して、斜め前を歩いていた白シャツの男性に声を掛けた。こちらを向いたのが人の良さそうな顔に「御徒町駅はまだでしょうか」というようなことを訊ねた。

 すると相手は「はあ」と困ったような声を漏らした。

「このまま歩いていれば、いつかは着くと思いますよ」

 でもそれは今じゃない。言外にそう言われた気がした。

 それから数時間歩き続け、ついに日が暮れて夜になった。日頃の運動不足が祟って、私は身体を引きずるような心持ちで歩いていた。

 相変わらず人の流れは止まらない。だが、周りの顔ぶれは変わっていた。

 このまま疲れて倒れ込んだりしたら、無限にやってくるであろう人の流れに踏みしだかれかねない。倒れる前に休まねば。そう思っていると、高架の下に宿の看板が見えた。

 人の流れを縫って(少しだけ所作が身についた)宿に辿り着くと、キャンセルで空いた部屋に運良く入ることができた。心なしか湿ったベッドに倒れ込み、朝まで眠り込んだ。何か夢を見た気がするが、覚えていない。

 宿に食事は付いていないので、朝食は並びの食堂でとることになった。窓際の席に通され、焼き魚定食を食べながら窓の外を流れていく人々を眺めた。

 人出は昨日と変わらないように見えた。時間帯による差もないようだ。夜通し歩き続けたとして、終点にはいつ辿り着けるのだろうか。誰かに訊いてみたいが、誰も答えを知らない気がした。

 会計を済ませ、歩き出す。通りの真ん中は流れが速いものの、店に立ち寄りづらいので端を歩く。そうすれば腹が減ったら食べ物を調達できるし、喉が渇いたら飲み物も買える。疲れたら休むこともできる。懐が寂しくなったらどこかの店で働けばいい。

 そんな風にして何日も歩き続けている。終点はまだ見えないが、それを辛いと感じることはいつの間にかなくなった。

 ただ、高架を行く電車を見るとうらやましく思うことがある。ほんの時折だが。




〈了〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

御徒町エンドレス・リバー 佐藤ムニエル @ts0821

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ