第2話 キジン邸はほぼダンジョン

 「それでは行くぞ、シキ」


 高らかにそう言って身を翻した師匠は、もはや俺の言葉を聞く気なんてない。スタスタとこの部屋の奥にある、緋色ひいろ暖簾のれんで区切られている隣の部屋へと向かった。

 ここでついて行かないと蹴りの一つでも貰いそうなので、俺も渋々とその後に続く。


 暖簾を潜り、目に入ってきた隣部屋は、今までいた部屋と似た様式でありつつ、執務机や書類棚、戸棚がありより個人の書斎として調えられた印象がある部屋だった。


 なるほど、今日はこんな感じか……。


 いや、最初の大部屋はいつも大体同じなんだが、他の部屋に関しては来る度に間取りが変わっているんだよな。

 それはもう模様替えしたとか可愛いものじゃなくて、根本的に建物の構造が変わっているように思える。

 例えば、日本昔ばなしに出てきそうな、囲炉裏がある古い日本家屋のような部屋だったかと思えば、煉瓦造りの暖炉や、沢山の人が囲めそうな長机がある、西洋の屋敷みたいな部屋になっていたこともあった。


 まるでダンジョンが毎度自動生成される某ゲームみたいだ。


 そんな感じなので、流石に気になって前に「どうなっているのか?」と聞いたところ「気分で色々と変えている」という、とてもシンプルかつ分かりやすく、同時にワケの分からない返答をもらえたので、俺はすぐに考えるのを止めた。


 ちなみに師匠の目指す目的地はここではなく、この部屋から更に奥に伸びている通路だ。出入り口にはお決まりのように暖簾が掛かっている、先程とはまた色が違いこっちは藍色あいいろだ。


 師匠が藍色の暖簾を潜ったので、俺もまたそれに続く。


 その通路の突き当たりには、いつも決まってそれがある。他の部屋の構造がどんなに変わって、ここだけは今まで一度も変わったことがない。

 上にも横にも大きく開けた空間に、真っ黒な鉄製の観音開きの大扉。

 最初に見た時には、その威圧感と重厚な造りに、まるで地獄の門みたいだと思ったものだが、今ではロクな思い出がなさ過ぎて、マジで俺にとっての地獄の門という存在になった。


 正式名称は知らないが師匠いわく『あの世でもこの世でも、任意の場所へ繋げることが出来る』シロモノらしい。

 つまり何処かの漫画で見たことのある、どこへでも行ける扉が、地獄風味を加えてアレンジされたものである。師匠があの青狸を知っているかは甚だ疑問ではあるが……。


「そうそう、現地に行く前におさらいもしておくか」

「は?」


 扉に掛けかけた手をスッと引っ込めて、師匠はこちらに向き直った。

 このまま、扉を開けるのかと思ったがおさらいだと……?今度は一体どんな思いつきを。


「これから対峙する相手について、以前教えた範囲で覚えていることをいってみよ」

「……」


 以前、教えたことを答えろって……つまり抜き打ちテストかよ!?

 今まではこんなこと一度もなかったのに、絶対に急な思い付きだ……。

 ほら、だって俺の様子を見ながらニヤニヤしてる。


「急な思い付きではない、危険な場所に赴くのだから注意事項を確認するくらいは当然だろう?」


 確かにそう言われると正論だけども!!


「ほらほら、さっさと答えろ」

「ちょっと待ってください、思い出すので」

「五秒だけだぞ?」

「みじかっ!」

「いち、に、さん」


 そして口で数えるのか!?

 いや、ダメだこれ以上突っ込んでいたら、さっさと思い出さなくては……。


「えーと確か、物凄く強いんですよね」

「それは大体どの程度だ?」

「えー普段、こちらの世界を直接的に管理している土地の神様……氏神うじがみ様とかが対処するのが難しいレベルだとか」

「んー、まっ及第点か」


 あぶね……ギリ耐えたな。

 もしここで答えられなかったりしたら、お仕置きの一つでもされていたことだろう。というか、性格上絶対にそのつもりだったと思う。

 その証拠に、師匠の表情は若干残念そうというかつまらなそうだ。黒帯の目隠しのせいで、その顔は半分くらい見えないが、何故か分かる。


「そうだ、奴らはお前達人間が普段身近に接してる神よりも強く、悪い意味ではるかに神らしい……そんな厄介な存在だということは、よく覚えておけ」

「覚えておくのはいいのですが、それだけ厄介なら俺なんかが関わらない方がいい気がするんですが……てか、なんで神と戦うんだよ」


 最後の部分だけは小声で言ったのに、恐らくその部分にだけ反応したらしい師匠が言う。


「お前、そういうの好きだろ?」

「それはゲームフィクションの中だけの話ですよ!!」

「ゲームも現実を元に作られているのだから、そう違うものでもなかろう。なんなら実際に体験出来る分、こっちの方がずっと得だぞ」


 得じゃねぇわ!!

 ダメだ、このイカレ人外思考回路、人間の感情というものを置き去りにして振り切れてやがる。

 俺への理解や共感を期待すること自体、間違いだったな。そもそもそんなに期待したこともないけども。


「ま……先程は便宜上神とは言ったが、相手の全てが神格持ちという訳では無いから、そこだけは安心しろ」

「神であろうがなかろうが、そもそもも厄介さが軽減されない限り、なんの解決にもならないんですが……」

「いずれお前は、神ぐらい殺せるようになる予定なのだから、その程度で文句をいうな」

「そんな予定を立てた覚えは一度もないのですが!?」

「案外気合いを入れて考えれば、思い出すかも知れんぞ?」


 いやいやいや、なんで存在しない記憶を思い出すんだよ。この人は本当に何を考えているのか……。


 って、んなことを考えている間に師匠が扉、というかほぼ門を開けている!!

 くだんの真っ黒な鉄製の大扉 (門)が開いた先は、真っ黒なのに暗くも明るくもない謎空間に通じており、その見た目からしてますます地獄門みが増している。


「ここから先は危ないからな、変なことはするなよ」

「一応何度か行ってるし、分かってますって……」


 そもそもが嫌々付いてきてて、自分の安全第一なのに変なことするはずないでしょうが。


 そうして、そのよく分からない空間に、師匠は今まで部屋の中を歩いてる時と変わらない足取りで入っていく。

 そちらの方がよっぽど気が抜けてるのでは?と言いたいところだが、そんな風に喧嘩を売ったところで仕方がないので、そこは口を噤む。


 さてと、ここからが本番だな……。

 今後のことを想像して、思わず身震いをしてしまったが、ここで戻る選択肢はないので、大扉の中に足を踏み入れる。


 どうか、少しでもマシな相手でありますように。

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