第13話 終わった
オルランドは訝し気に言った。
「確認だけど、君は確かカロリーナ嬢かな?」
「はい! ご存じ頂いていたなんて嬉しいわ。わたしがカロリーナ・マテウ・ワトリングです!」
カロリーナは目を輝かせて自己紹介する。
彼女の狙いは地位が高く、見目の麗しい男性だ。一番の狙いは第二王子のロセンド殿下だが、もっと好みのひとが現れたら簡単に乗り換えるようなことを言っていた。
わたしは足の感覚が無くなっていくような気がした。
人生が終わったのではないかとさえ感じる。
目の前にいる溌剌としているのに、華奢な肢体を持つ美しい妹にはなにをもってもかなう気がしない。
オルランドの腕に掛けていた手からさえも力が抜けていく。
捕まっていることすら出来なくて、手がするりと落ちかけた―――ところをすかさずオルランドが逆の手で掴む。
その行動にわたしははっとして彼の顔を見た。
オルランドは微かだが微笑んでいる。
その真意がわからないまま、ぼうっとしていると、カロリーナが言った。
「ねぇ、よろしければ別の場所へ一緒にいらっしゃいませんか? お話ししましょうよ」
「……うん、そうだね」
オルランドはそう返事する。
わたしは一瞬にして心が冷えたように感じた。
「色々と誤解があるようだからお話ししておいた方が良さそうだね、まあ、別室に行くまでのこともないからここで言おう」
「え?」
「まず君は僕の名前すら知らないようだね」
オルランドはゆっくりと微笑んだ。
間近で見ているわたしが微かに震えるような冷たい笑みだった。
「僕はオルランド・マカリオ・バルカザール。公爵の地位にあるものだ……今夜は君の姉のエルミラ・ガレータ・ワトリングと結婚することを陛下に報告に来たんだよ。
君とは家族になるわけだから、これからよろしくね?」
「え、バルカザール公爵……あなたが?」
カロリーナは目を瞬いた。
彼女だけでなく、それまで談笑していた周囲の人間たちですら一部会話をやめてこちらを見ている。わたしは自分も一緒に注目されていることに戦慄した。
「そうだけど? ああ、最近長く患っていた病に少しばかり光明が見えてね、そのことも陛下に報告しに来たんだ。君の美しいお姉さんと結婚出来ることにもなったしね」
「う、嘘でしょ」
カロリーナはわたしを見てくる。
しかし、もちろんのことながら嘘などではない。
わたしは咄嗟に目を逸らした。
「とりあえず顔も覚えて貰えたようだし、もういいかな? 少しばかり踊りに加わろうと思っているんだ」
「……それならわたしと踊りませんか?
せっかく知り合えたのですもの。それに、公爵様はまだ存じ上げないのでしょうけど、お姉様はあまりダンスが得意ではありませんの。
この場で恥をかかせるのは妹として見ていられませんし、どうでしょう?」
確かに、わたしはカロリーナと違ってあまり上手くはない。
かといって、相手の足を踏むほどへたでもないのだ。
何より、わたしはすでに何度かオルランドと踊っている。
顔が戻る前のことだ。
彼はダンスが上手だったので、わたしでもどうにかなった。だから、妹の提案には別の意味がこめられている。
なぜなら、カロリーナの声が少し甘ったるくなっている。
わたしにはそれが何を意味しているのかわかった。
そもそも恋人の一人すらいたことがなかったから、わたしがされたことはない。けれど、招かれた集まりで号泣している令嬢と出くわしたことがある。彼女はわたしに掴みかからんばかりの勢いでカロリーナを罵った。
どうしてあんな女を野放しにしておくのだ、と。
後で知った。
彼女の婚約者になる予定だった男性が、突然カロリーナに執心し始めたという。それと同時に、持ち上がっていた婚約の話もうやむやになってしまったらしい。
そのすぐ後、ワトリング邸で生真面目そうな男性を見かけた。
当然面食いのカロリーナのお眼鏡にかなったのだから、容姿は整っている。
彼はきちんとした軍装に身を包んでいた。
見た印象はかなりの好青年だ。
きっと彼が彼女と婚約する予定だった人物なのだろう。どうやら遠くへ行くらしく、別れを惜しんでいる様子だった。カロリーナは切なそうにしながら無事を祈っていたのだが、その翌日には別の男性と楽しそうに笑っていたのだ。
わたしは自分の目で見たものが信じられずに動揺した。
確かに「待っています」とカロリーナが言っているのを聞いたはずなのに。
婚約を白紙にさせてまで奪い取った彼との約束は?
訊ねてみたいが余計なことに首を突っ込めば両親に叱られるのはわたしだ。黙って様子を見守るしかなくて、時はどんどん過ぎて行く。
やがて二年ほどたっただろうか、彼が戦役から少し病んだ様子で戻って来た。
けれど、ワトリング家を訪ねた彼が見たのはカロリーナが他の男性と楽しそうに過ごしている姿だった。恐らく彼は、分かれた後に出来た恋人だと思っただろう。
でも真実は違う。
彼と別れてからも、期間にちがいこそあるものの、カロリーナは飽きれば次々と良家や財産家の男性を連れてくるのだ。
特にその時々で他の令嬢たちが羨んでいる男性に目をつけては落として満足する。
ロセンド殿下に狙いを定めてはいるものの、彼は王族。
もしかしたら政略結婚をしなくてはならないかもしれない。感情だけで自分の伴侶を決めることが出来るかどうかはわからないのだ。
しかも、ロセンド殿下とはまだ婚約どころか、良く踊る相手に選ばれているだけで、まだカロリーナの魅力に屈した様子もない。
けれど、それでもカロリーナは満足のようだった。
何しろ彼は王族であり、王太子より容姿が優れている。この国中の女性が憧れているといっても過言ではない。そんな人物の隣に自分が頻繁に選ばれていることが最高の栄誉なのだろう。
しかし、もっと好条件の人物が現れたのなら話は別だ。
そして、もしオルランドがカロリーナに恋すれば彼女の望む条件がかなり満たされる。
わたしは暗い気分でカロリーナの顔を見た。
淑やかに微笑んでいるが、わかる。
彼女は本気でオルランドをターゲットに選んだことが。
ああ、終わった。
わたしはそう思った。
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