第12話 妹との再会


 夜会の当日でも、朝はゆったり過ごした。

 忙しくなったのは午後で、着替えやら何やらマリセルに言われるまま動いて時間が過ぎて行くと、やがて暗くなってきた。


 私はオルランドと共に外のポーチに停められた馬車に乗り込み、王宮を目指す。


 ほとんど近寄ったことのない場所だ。

 社交界にデビューした時以外でも、片手で数えられる程度。そこでオルランドと知り合うことが出来たのだから、参加して良かったと思っている。


 ただし、これは違う。


 この夜会で、多くの上流階級のひとたちに、わたしがバルカザール公爵夫人になるということを知らしめることになる。

 長いこと幽霊扱いされてきた私がだ。

 否応なく緊張してきた。


 やがて王宮にたどり着く。

 そこには多くの上流階級の人々が集まっていて、独特の空気感を漂わせている。思わず横のオルランドの腕を掴む手に力が入ってしまう。


「大丈夫、一緒に行けば怖くないさ」

「は、はい」


 そうだった、彼もこうした集まりが苦手なのだ。外見のためにずっと忌避されてきたのだから当然だろう。

 もしかしたらわたしと同じように不安があるのかもしれない。


 だとしたら、わたしがいることで少しでも楽になったら良いな。

 そんな風に思う。

 ほんのわずかであっても。


 そのために耐えようとわたしは顔をあげて歩くことにした。それで彼の負担が減るのなら良いのだ。オルランドが与えてくれたものに応えたい。わたしは震える自分の体に言い聞かせて歩き続ける。


 華やかな花器とそこに生花が活けられ、華やかに彩られた入り口。

 煌びやかなシャンデリア、漂う香水と人の匂い。着飾った老若男女と使用人たち。並べられた大量の酒器と多様な酒類、軽食。

 遠くからは楽団の奏でる軽やかな曲。


 すべてが夢のような感じがした。


 その中を歩く。


 ほとんどこうした集まりに出てこないせいか、わたしを知る人はほとんどおらず、声を掛けられることもない。

 ただ、隣にはほとんどの人が羨む美貌の公爵がいる。

 ほとんどの人はオルランドの方に視線が吸い寄せられている様子だったが、一部のひとたちはわたしを見て首をひねっているようだった。


 以前は物珍しがられたことくらいあったが、今となってはほとんど誰の記憶にも残っていないらしい。特に傷つくこともないが、寂しさのようなものは感じた。

 本当にわたしがこの人の隣にいて良いのだろうかと思ってしまう。


 きっと妹ならこの状況を誇っただろうけれど、わたしには居心地が悪かった。少しでも落ち着かないと、と視線をあちこちにさ迷わせて状況を掴もうとしたわたしは、視界の端に捕らえた姿を見て後悔した。


 ―――カロリーナ……やっぱり来てたのね。


 一気に胃がぎゅっと締め付けられたように痛む。

 それでも足は止めない。

 彼に心配をかけるつもりはなかった。


 何とか国王夫妻へ結婚の挨拶を済ませる。

 二人とも親類にあたるオルランドの行く末を気に掛けていたようで、妻を得られたことと容姿の問題が解決しそうなことを心から喜んでくれた。


 この国が長らく戦乱に直接巻き込まれていないのは、この方々の尽力によるものなのだと心底理解する。わたしのような弱い者でも、国王夫妻のお役に立ちたいと思わせられるほどの振る舞いだった。


「報告も無事済んだし、特に仲の良い知り合いもいないから帰ってもいいけれど、どうかな? いつかのように少しだけ踊りたいと思うんだが、いいかな?」

「もちろんです」


 カロリーナに見つかるのが不安ではあったが、本当に嬉しそうなオルランドの表情を見れば断るなんて出来そうもない。

 だからそう答えると、オルランドはわたしの手を引っ張って他にもダンスをしている人たちのところへ向かう。


 そこに、いた―――。


 ひと際華やかなドレスは、滑らかな曲線を描く肢体を適度に隠していて、彼女の魅力をよりひきたてている。そこに整った愛らしい顔が至極嬉しそうに微笑んでいた。


 長い間自分には決してない魅力を見せつけられ続けて、摩耗してきた。

 今さら女性として上である彼女に何も感じないと思っていたのに、今さらどうして足元が崩れ去るような感覚に襲われるのだろう?


 わたしは少しの間動けなかった。


「どうかしたのかい?」

「い、いえ……大丈夫です」

「何だかつらそうだし、今日はやめておくかい?」

「いえ、せっかくの機会ですし、オルランド様と踊れたら嬉しいですから」

 

 それは紛れもなく本音だった。


 微かに震える手を強く握りしめてから、オルランドに差し出す。彼は綺麗な眉を少し心配そうに歪めたものの、手を掴んでくれた。

 わたしは気にしないようにしよう、と自分に言いきかせて足を踏み出す。

 その時、あまりに聴き馴染んだ軽やかな高い声が聞こえた。


「あらあ! お姉様じゃあありませんか。いらしていたのなら教えて下さっても良かったのに、お元気そうで何よりですわ」

「……カロリーナ、あなたも元気そうで良かったわ」


 わたしは心臓がつぶれそうな気分になりながら言った。


「まあ、わたしもか弱いにはか弱いですけど、将来、旦那様の御子を宿せるかさえ不安なお姉様ほどではありませんわ」

 

 周囲から微かな失笑。

 わたしは胃袋が縮むような思いがした。

 何も言い返せないでいると、カロリーナはさらに続けた。


「あら、そういえば、お姉様の旦那様は一緒じゃありませんの?」


 カロリーナはわたしの手を取っているオルランドに視線を移し、その綺麗な瞳を見開いて何度も瞬いた。カロリーナはオルランドを呆然とした様子で見つめた。

 当然だろう。

 今のオルランドは彼女の知る老けてしょぼくれ、醜悪でさえあった姿とは正反対の、どこか耽美ささえ漂う年齢相応の若い男性なのだ。

 

 少しして、カロリーナは嫌味に口角をあげた。


「ああ、なるほど。お姉様も隅に置けない方ですね、いくら婚約者様がご老人のようでもまだ婚約期間のうちに他の方と夜会に来られるなんて、破棄されても文句は言えませんわよ」


 カロリーナが言うと、彼女をとりまいている令息や令嬢が嘲笑を浮かべてわたしを見てくる。まるで醜悪なものでも見るような視線に、わたしは息が詰まったような気がした。


 何度も味わわされた屈辱。


 会えば同じように言われるのはわかっていたから、本当は早く帰りたかった。

 わたしは静かに俯く。

 すると、隣のオルランドが口を開いた。


 


 

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