第11話 公爵邸にて
そしてオルランドの言った通り、私たちは三日後に王都へ経った。
途中で宿も利用し、王都へ向かう。
心配していた体調不良も起こらず、無事に王都へつくと、公爵家の町屋敷へ入る。かつて招かれて来たことが一度だけあるが、王都内にこれだけの広さを確保しているだけで公爵家というものが貴族の中でも別格だということがわかった。
呆気にとられていると手を取られ、声を掛けられる。
「どうしたの?」
「あ、いえ……何度見ても広くてすごいなと思って」
「ああ、確かにそうだね。僕にとってはいつもの風景だけど、君にとっては馴染みがないよね。だけどこれからはここが王都での君の家になるから、そのうち慣れるよ」
さあ、行こうと手を取られ、私は素直に手を取る。
それから進むにつれて、思う。
私はこの先公爵夫人として振る舞わなければならないのだ。
今まで自室にこもってきただけの小娘に務まるのかと不安になるものの、婚約した以上なんとかしなくては。
そんな思いで手を取られるままに屋敷へと入ると、広い内部に圧巻される。
ここが私の家になるのだ。
貴族の女性として生まれた以上、いつかは必ず訪れること。基本的なことは家令が担ってくれるものの、催し事については夫人の裁量に委ねられる。
一応覚悟はしてきたつもりだったけれど、流麗な作りの階段、飾られた調度が異国情緒にあふれた高価そうな品が品よく並んでいてますます不安になる。
さらに、飾られた代々の公爵家当主と夫人、その子供たちの絵画に至ってはお前で大丈夫なのかと言われているような気がして、足が前に出ない。
立ちすくむ私に、オルランドが言った。
「そんなに緊張しなくても大丈夫。祖先たちは君が僕と結婚することを喜んでくれているはずだよ? だって、もしかしたら僕は一生独身だったかもしれないしね」
「そ、そんなことは」
「君が現れなければ、きっとそうなっていた。だから、気後れしなくてもいい。僕の求婚を受け入れてくれた時点で、君はここの女主人だ。僕が認める」
優しい声だった。
背中を優しく押されて、私はようやく中へと足を踏み入れた。
やはり数の少ない使用人たちに出迎えられる。それでも内部は綺麗に維持されていて、使用人の質も高いらしい。
「結婚したら、王都に滞在するときはこちらで過ごすつもりだ。今まではほとんど用がなかったけど、君がいるなら社交期間に使おうと思っていてね、少し慣れておくといいよ」
「は、はい」
「ああ、夢みたいだ。君と一緒に色々な催事に参加できるなんてね……一生、ここは陛下へ挨拶に来る時しか用がないだろうと思っていたから執事に任せきりだったんだけど、少しは整えないとね。そうだ、もしも大変じゃなければ君が手を加えてくれても構わないよ。お金の心配はしなくていい」
歩きながらオルランドはやや高揚した声で言う。
一方の私は、突然大任を任されかけてびっくりした。
「い、いえ! まだ婚約者ですし……やり方も良く知らなくて、慣れてからの方が良いかと思います。その間にやり方を学べると思いますから」
「うん。いいよ、君の好きにして……君さえ楽しんでくれたら、僕はそれだけでいい」
「は、はあ」
そんなことを言われたらますます気後れしてしまう。
だから、今すぐやらなくて良いのは助かった。
―――他の方のやり方もわかれば参考に出来るのにな……。
全く他の女性と交流してこなかったから、わからないことが多い。
わたしは母からそういう実用的なことを教えて貰ったことがない。
カロリーナの方は教えてもらったようだが、わたしはほとんど部屋で休んでいて、結婚出来るかどうかさえわからないのに、教えるのは面倒だと言われてしまった。
とにかく、まずは使用人たちのやり方を見て覚えよう。
わたしはそう決めて、案内されるままあちこち見て回る。
夜会は明日の夜。
今日は体を休める。
実は、明日になって体調が優れないなんてことにならないようにしたいからと少し早めに公爵邸を出発したのだ。
「さあ、まずは少し休んでから食事にしよう。疲れているだろう?」
「いえ、大丈夫です」
私はそう答える。
本当に毎日のように思うのだが、ここへ来てからというものあれほど重かった体が嘘のように軽い。もっと苦しむかと思っていた馬車旅も少しお尻が痛かった程度だったし、道中の宿での食事もちゃんと食べられた。
「嘘はつかないでいいんだよ? 無理して欲しくはないから」
「本当ですよ? でも、明日のことを考えたら怖いので、ちゃんと休みます」
「そうしてくれ、こんな僕でも君のような妻を迎えられたことを皆に伝えたいから」
優し気な目でこちらをじっと見つめてくる。
心臓の鼓動がうるさくて、私はつい俯いてしまった。
「こんな、だなんて言わないで下さい。私の方こそ、結婚していただけて嬉しいんですから」
「いや、本当のことだよ。皆が驚く姿が目に浮かぶようで、楽しみだな」
「うぅ」
今までカロリーナと比べて大したことがないと言われてきた身としては、そんな光景はきっと訪れないと思いつつ、期待を砕くのが嫌で何も言えない。
そんな私の手を引き、オルランドは言った。
「さあ、案内しよう」
「はい」
私は手を引かれるまま、屋敷の内部を案内される。
その日は早めに夕食を摂り、入浴もさせてもらって明日に備えた。用意された夫人用の部屋は、公爵邸よりは小ぢんまりとしていたものの、全てが一流品で統一されていて、色合いも明るくて綺麗だった。
―――こんなところを私が使うなんて、何だか申し訳ない気がするわね。
だからといって別の部屋になどとは言えない。
オルランドが嫌がるだろうから。
「本当に、こんなに丁重に扱われるなんて、不思議な気分」
それでも、必要としてもらえることが私は嬉しかった。
彼が望む限りは努力しよう。
私は寝台に横になり、目を閉じた。
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