第10話 王都へ


「わ、わかりました。慣れるように頑張ります!」

「うん、急がなくていいけど、慣れて行って。君には一生ここにいて貰うことになるんだからね」

「は、はい」


 そんなに何度も言わなくても良いのではないだろうか、と思いはしたものの、口には出せない。

 なぜなら、そうやって必要とされることが嬉しいからだ。

 でも、心のどこかで、妹が奪い取りにくるのではないか、といつも怯えている。

 行きの馬車で顔に触れたこともあり、オルランドの美貌は元通りだ。


 そのせいもあってか、通りすがる人や、訪れた店の店員の目が男女問わずに釘付けになっているのを何度も目撃して来た。

 それを見て思う。


 オルランドがこんなことになっていなければ、私なんて近づくことさえ出来なかっただろう、と。


「今日は疲れたろう? 食事をとったらゆっくり休むといい」

「はい、ありがとうございます」


 そう答えると腕が差し出される。

 一瞬、ためらってしまった。

 これまで男性にエスコートされたことなど無い。少なくとも、私が覚えている限りではないから、触れていいのか不安になる。

 けれど、他の令嬢がやっているように腕に手をまわすと、オルランドはゆっくりと歩き出した。それにあわせ、私は公爵家の屋敷に入った。



   ◇



 それから数日は平和に過ぎて行った。


 不思議とここへ来てから体調も良い。

 ここの気候が合っているのかもしれない。他の理由としては、実家にいたときより丁寧に面倒を見てもらえていることも関係していそうだ。

 食事を忘れられたり、具合悪いのに忘れられたりすることはない。


 オルランドの顔に触れる、という心臓に悪いことをするとき以外はとても快適だ。

 暇になると城内を散策することさえできた。


 使用人の数が少ないからか、庭は荒れていたが、少し手入れすれば元通りの鮮やかで美しい庭になりそうだ。

 今は雑草が生い茂っているが、オルランドは私が来てくれたから、少し使用人を増やそうといっていて、どうやらその中に庭師も含まれているらしい。詳しいことはわからない。


 けれどそれが事実になるなら、きっと庭も生まれ変わるだろう。


 私はまだ枯草の残る庭園をぶらつきながらそんなことを思った。

 すると、不意にひんやりした空気が流れてきて、視界の端を青白い光が横切っていく。一瞬、目を疑った。


「え? でも、ここに魔術を使える人なんかいないはず」


 宮廷には魔術師がいて、灯されている明かりは彼らが灯している。今見たものはその明かりに似ているのだ。

 けれど、今は昼。

 明かりの必要がない。


「あっちって確か……」


 ここに来てまもなくの頃、オルランドに敷地を案内してもらったのだが、庭園からつづく小道を行くと、バルカザール公爵家の人々が眠る墓地がある。

 光はそちらへ消えていった。


「まさか、ね」


 呟いたものの、もしかしたらという考えは消えない。

 幽霊じたいは存在しているからだ。

 この国でも歴史ある場所などで姿を見ることはあるらしい。公爵家の屋敷もかなり歴史があるから、いてもおかしくはなかった。


 どうせなら、一生に一度くらい見てみたいものだと思っていた私は、ちょっと足を延ばしてみようかと思った。

 だが、後ろからマリセルの声がしたので、足を止める。


「エルミラ様、オルランド様がお呼びです」

「はい、戻ります」


 少し後ろ髪をひかれたが、私は屋敷の中へと戻った。

 戻ると書斎に連れていかれる。そこで、オルランドは私に一通の招待状を見せてくれた。


「これは」

「王家が主催する夜会への招待状だよ。今までは辞退してきたんだけど、今回は行こうと思っていてね、当然、君も連れて行くから」

「夜会、ですか」


 一瞬迷いが生まれる。

 かつて具合の悪い状態で行って、迷惑を掛けた記憶があるからだ。

 けれど、この公爵家へ来てからというもの、症状が出ない。きっとここの環境が私にあっているのだと思う。

 それが王都へ戻ったらどうなるのかわからない。


「気乗りしないなら断ってもいいけど……?」

「あ、いえ、気乗りしないという訳ではなくて、私は体調を崩しやすいので、ですが、ここのところ体調は良いので多分大丈夫だと思います」

「無理はしなくていいけど、君を皆に妻として紹介したいんだ。陛下にも報告したいし、そうか、体調か……」


 オルランドは私の言葉に少し考え込むと、言った。


「実は僕の知己に魔術師がいるから、一度見て貰うのもいいかもしれないね」

「え? 魔術師の方に、ですか?」

「病気だと思っていたものが、別の理由からだった、なんてことは良くあるよ。少しでも可能性を潰せれば、原因がわかるときがくるかもしれないからね」

「なるほど……」


 全く考えたことがなかった。


「まあ、今の様子なら大丈夫そうだし、君がいいと言ってくれたら行きたいな」

「あ、はい、私は大丈夫です」

「そう、なら良かった。じゃあ三日後に発つからそのつもりでいてね」

「はい」


 私は頷いた。

 少し前に注文したドレスも届いていて、微調整もしてもらっているので問題はないはずだ。

 気がかりなことと言えば、その場で妹に会うことだろう。

 それでも、目の前の嬉しそうなオルランドを見て、断るなんてことは私にはできなかった。


「嬉しいなあ、どうせ誰とも結婚出来ないと言われていた僕が婚約者を連れて来たらみんなどう思うかな? しかも、君みたいなかわいい人を連れて行けるんだから、想像するだけで楽しいよ」

「そ、そうですか」


 生まれて間もないころに、乳母に言われたことが最後の言葉だ。

 それでも、言われるとじんわりと嬉しさが込み上げる。


 私は妹や他のもっと美しい令嬢たちほど容姿に自信はない。

 でも、精一杯着飾って、何とかそれなりに見えるようにしよう。


 何かが起こったとしても、努力したことは消えない。

 そう信じるのだ。

 私は自分に言い聞かせた。 

 

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