第7話 必ず結婚するから


 公爵がこんな私と婚約したのは、他の人が嫌がるような容姿でも気にしない珍しい人間だったからだ。


 その容姿が元に戻ったとしたら、彼は私よりもっと美しい女性に囲まれる。そうなった時に、私の価値は消えてなくなってしまうのではないだろうか?

 あの美しい顔に公爵の地位があれば、王女だって望める。


 カロリーナも放ってはおかないだろう。


 そうなった時、私はどうしよう。


 マリセルが細かいくずを集めるのをじっと見る。

 思いついた未来が恐ろしくてオルランドの方を見ることが出来ない。すると、後ろで物音がして、目の前に影が落ちる。


「もしかして、君は元の方が良かった?」

「え?」

「でもごめんね、これが僕の本来の顔だから変えることは出来ないよ。だから嫌でも我慢して僕と結婚しようね?」

「で、でも……」


 オルランドの手が伸びてきて口を塞がれた。


「むぅ」

「無理強いはしないけど、婚約は解消しないし、結婚もするから。ご両親の様子だと君には行くところがないんでしょう?」


 綺麗だと思っていたはずの菫色の目が怖い。


「大丈夫だよ。見た目はどうしようもないけど、一生大事にするから。諦めて結婚してずっと一緒にいようね?」


 返事したいが何も言えない。

 物理的に口を塞がれては声が言葉にならない。

 何より、先ほどから彼が言っている内容は求婚、脅して求婚、ひたすら求婚である。脅してでも求婚するというのはどういうことなのか。

 私は、今の彼の容姿ならば、私よりももっと良い女性が現れるだろうことを不安に思っただけなのだが。


「僕はね、君以外との結婚なんて考えられないんだ。考えたくもない。だから、君がこの見た目が嫌だとしても、必ず好きになって貰えるようにするから、覚悟しておいて欲しいな」


 そこまで言って、オルランドはようやく手を離してくれた。

 視線を横に逸らすと、気まずそうなマリセルと目が合う。彼女はうっと呻いて私から目を逸らしてしまった。

 巻き込まれたくないらしい。

 本音は少しくらい助けて欲しかったのだが、無理強いするのは違う。私はマリセルの助けは諦めることにして、 困り果てた私は言った。


「どうして……」

「どうしてもだよ。もしも理由が知りたいのなら、結婚したら教えてあげる」


 あまりにも結婚結婚結婚としか言わないオルランドに、私はなんだか急にバカらしくなってきてしまった。私が望む望まないは関係がないのだ。貴族の家に生まれた私に自由なんてほとんどない。

 このまま彼の方から解消を申し出ない限り、確実に結婚することになるのだから、そんな脅すようなことを言われても意味がない。

 何より、私はオルランドと結婚したくないなどと思っていないのに。

 だから私は訂正した。


「私、嫌だなんて一言も言ってません。だって、急にこんなことが起きて、どうしたらいいかわからなくて不安になってしまっただけなんです」

「ああ、そっか。そうだよね。ごめん」

「いえ、そのぅ……私はその、とても素敵なお顔だと思います」


 口に出したら異常に恥ずかしい。

 何と言うか、改めて確認しなくても分かるほど、彼の元々の顔は私にとってあまりに魅力的過ぎた。つまるところ、大変好みなのだ。美形にも様々な違いがあるが、オルランドはどこか危うさや憂いを帯びた雰囲気がある。

 それは私にとって、恐ろしいほど心臓に毒だった。

 この容貌の人と毎日生活しなくてはならないのだと考えたら卒倒しそうだ。


「本当に?」

「本当ですよ。とてもお綺麗です」

「ありがとう。君には負けるけど嬉しいなあ」


 お世辞だろうが笑顔の破壊力が凄まじい。すぐ近くにある寝台に倒れて掛布をかぶって寝てしまいたいくらいだ。何だか気が遠くなってきた気がする。

 誰か助けて!

 と叫びたいのをこらえていると、セブリアンが食事を乗せたトレーを持って現れた。満面の笑顔でいい匂いのする何かを持っている。


「旦那様、新しいお食事がご用意出来ました」

「ああ、わかった。じゃあ一緒に食べよう、ね?」

「は、い」


 辛うじて返事をする。

 そのまま部屋に置かれていた小テーブルに連れていかれて、対面に座らされてしまう。目の前にはスープやパン、チーズや塩漬けの肉、ゆで卵、季節の果物などが並べられている。良い匂いが漂ってきて、少し空腹であることに気づいた。

 よく考えてみれば、ちゃんとした食事をこの時間に出してもらうのは一体いつぶりだろう。たいてい私が階下に行く頃には家族の食事は済んでいて、お腹が空いて耐え切れない時はいつも余り物のパンとチーズを水で流し込むだけだったのだ。

 こんなちゃんと温かいスープは久しぶりだ。


 思わず見入っていると、何かが目の前に差し出された。

 それはフォークに刺さった肉の欠片で、どうやら差し出しているのはオルランドであるらしい。


「ほら、食べないの?」

「え? いえ、あの、自分で食べられますから」

「はい、どうぞ」


 にこにこと楽しそうにしながらそのまま動かないオルランド。食べない限り続くのかと内心青くなったものの、羞恥心が邪魔して動けない。


「君はもう少し肉をつけた方がいいよ。あまり体力もないようだし、病気になった君を見たくないんだよね」


 だからはい、と再度差し出されてしまい、私は観念した。

 口を開けて、フォークの先についたものを食べる。その肉は思いのほか柔らかくて口の中でほぐれた。


「美味しい」

「良かった、食事はちゃんととらないとね」


 言いながら、オルランドはたった今私が口に入れたフォークに何も刺さないまま自身の口へ入れてなめとる。私はひえぇっと心の中で悲鳴を上げた。

 おかしい。

 私の知る公爵はこういう人ではない。もっと穏やかで、こちらを優しく見てくれるような物静かな人だったはずだ。

 決して今のようなことをする人ではない。……はずだ。全く確信が持てないけれど。私は動揺していることを知られたくなくて、パンをほおばる。こちらもまだ温かくて、皮が香ばしく、麦の甘い香りがしていてとても美味しい。

 

 美味しいのに、動悸がする。

 

 わけがわからないにも程がありすぎた。


 これからここで生活するだなんて、考えただけでも気が遠くなる。それでも、私は帰れないし、帰りたい場所もない。何より、オルランドの行動すべてが心臓に悪いものの、彼はここまでとても優しかった。

 何とか慣れなきゃ、と私は自分に言い聞かせて食事を続けた。

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