花つみ太郎(改訂版)
やながせじんた
花つみ太郎
むかしむかしあるところに、梅という娘がいました。
梅は親のない子でしたが、働き者で、いつもニコニコしていて、村のみんなから愛されていました。そして、お花が大好きで、村の仕事のひまを見ては、お花畑へ花つみにいっていました。
ある日、梅はかごいっぱいにお花をつんで帰りました。
かごの中からつんだお花を取り出してみんなへ見せていると、
「おぎゃあ、おぎゃあ」
なんと、かごの中から、赤ん坊が出てきました。
「ええっ! 一体どうして!」
赤ちゃんを連れてきた覚えのない梅は大変驚きました。
村のみんなも目を丸くしていましたが、しばらくすると、
「この子、どうする?」
「引き取ってくれるうちはあるかしら」
「わしのところは無理じゃよ」
と、ささやきはじめました。
梅はみんなの声を聞きながら、
(この子も親がないんだわ。私と同じ……)
と思っていました。そして、
「みんな、お願い。私がお世話をするから、ここで育てさせてもらえないかしら」
と、みんなに頭を下げて頼みました。
みんなは少し悩みましたが、親のない梅の気持ちをくんで、それを受け入れました。
梅はその赤ん坊に「花つみ太郎」という名前を付けました。
花つみ太郎はすくすく育ち、元気な男の子になりました。
梅は花つみ太郎を弟のように大切にしました。一緒に町の仕事をしたり、お花畑に行ったり、どこへ行くにも、何をするにもふたりは一緒でした。
花つみ太郎が村へやってきてから数年後、ある噂が村で流れるようになりました。
「近ごろ、このあたりに鬼が出ているらしい。となりの村では、鬼に若い娘を連れて行かれたんだそうだ」
村のみんなは鬼に怯えました。そして、村の娘たちに、家の外へ出ないよう言いつけました。
梅も怯えていましたが、しばらく家にこもって過ごしていると、お花畑に行きたくてたまらなくなりました。
そこで梅は、花つみ太郎にお願いをすることにしました。
「太郎、おねがい。一緒にお花畑についてきてほしいの」
「いいや、いまは危ないよ。僕がお花をつんできてあげるから、梅ねえさんは家にいた方がいいよ」
「私が見たいのは、お花じゃなくて、お花畑なの。ちょっとだけだから、お願い」
「ほんとにちょっとだけだよ。すぐに帰るって約束してくれる?」
「ありがとう! 約束は絶対守るわ」
こうして二人は、町のみんなに見つからないようにお花畑へ向かいました。
いつものお花畑に着いて、梅はようやくほっとしました。
「梅ねえさん、あんまり遠くへ行っちゃだめだからね」
「わかってるわ」
最初は少しだけのつもりでしたが、お花をつむのははやっぱり楽しくて、ひとつ、ふたつ、みっつ、……。お花を追いかけているうちに、梅はいつの間にか花つみ太郎とはぐれてしまいました。
「大変だわ。早く戻らないと」
いくら大好きなお花畑でも、ひとりになるとやっぱり怖くなってきました。
ザーッ ザーッ
お花が風に揺れるのが、なんだか不気味に見えてきました。
梅が怯えながらうろうろしていると、
「おーい、おーい」
どこかから声が聞こえてきます。
「梅ねえさん、こっちだよ」
耳をすますと、たしかに梅を呼んでいます。
(太郎が探しに来てくれたんだわ!)
梅は嬉しくなって声の方へ向かいました。ところが、なんと、そこには鬼が立っていました!
「きゃあっ! あ、あなた、鬼⁉」
「そうさ、おいらは鬼さ。さあ、こっちへおいで。おいらと一緒に遊ぼうよ」
「い、いやよ、怖いわ」
「そんなこと言わないでさ。ほら、こっちこっち」
梅が嫌がるのにも構わず、鬼は梅の腕をつかんで、お花畑の向こうの山のなかへ、梅を引きずっていってしまいました。
「誰かー! 助けてー!」
梅はめいっぱい叫びましたが、その声は誰にも届くことはありませんでした。
そのころ、お花畑では花つみ太郎が梅を探していました。
「梅ねえさーん! 梅ねえさーん!」
花つみ太郎は一生懸命に走り回りましたが、探せど探せど、梅は見つかりません。
「いったい、どこへ行ってしまったんだろう……」
花つみ太郎が諦めてうつむいたとき、地面に大きな足跡を見つけました。
「なんだ、これは⁉」
見ると、赤ん坊がすっぽり入ってしまいそうなほど、大きな足跡でした。
「これはもしや、鬼か⁉」
その足跡は、山の方からやってきて、また山の方へ折り返しているようです。そして、驚いたことに、山へ帰る足跡に沿って、お花も落ちています。
「もしかして……」
花つみ太郎は、落ちている花を拾いながら、足跡を追っていくことにしました。
山に入ると、うっそうとしていて、暗くて……。
ガサッ ザザザッ
カーッ カーッ
「ひゃあっ」
太郎は、歩いているうちにだんだん怖くなってきました。
「うう、こわい……。でも、梅ねえさんを助けないと……」
なんとか自分を励ましながら、花つみ太郎は歩き続けました。
どれくらい歩いたのでしょうか。
いつの間にか、花つみ太郎は洞窟の前まで来ていました。
(大きな穴だ……)
真っ暗な洞窟の前で、花つみ太郎が立ちすくんでいると、
「キャーーー」
「ガーッハッハッハッハッ!」
洞窟の中から、梅の悲鳴と、野太い、恐ろしい、大きな笑い声が響いてきました。
(梅ねえさんだ!)
花つみ太郎は、勇気を振り絞って、洞窟の中へ入っていきました。
花つみ太郎が恐る恐る洞窟を歩いていくと、洞窟の壁に、地面に座り込んで怯える梅と、梅に襲い掛かる大きな影が見えました。
(梅ねえさんが危ない!)
花つみ太郎は、相手に見つからないように忍び足で、でも大急ぎで影の方に進んでいきました。
(ぬきあしさしあししのびあし、ぬきあしさしあししのびあし……)
すると突然、
「コラーーーーッ!」
と、洞窟が揺れるほど大きな怒鳴り声が響いてきました。
花つみ太郎が驚いて振り返ると、洞窟の入り口に、背の高い大鬼が怖い目をして立っていました!
(ヒャーッ! こんな相手にはとても勝てっこないよ、こりゃだめだ、どうしよう……)
大鬼は、ブルブル震える花つみ太郎の方に、ズシンズシンと歩いてきます。
花つみ太郎は覚悟を決め、目をきゅっとつむり、「我が名は花つみ太郎! 梅ねえさんを助けにきた!」と叫びました。
しかし、なかなか返事がありません。こわごわ目を開けて大鬼の方を見ると、花つみ太郎には目もくれず、奥の方まで歩いていきます。
「……あれ?」
花つみ太郎がこそこそと大鬼の後をついていくと、そこには小鬼と梅の姿がありました。
「アンタ、またヒトの子に悪さして! いい加減にしな!」
どうやら、大鬼は小鬼に怒っているようです。小鬼は怒鳴られて目がうるんでいましたが、
「悪さなんかしてないやい! 一緒に遊んでただけだい!」
と、大鬼に言い返しました。
「嘘つくんじゃないよ! その子、そんなに怯えてるじゃないか!」
たしかに、梅ねえさんはずっと地面に座りこんだまま、顔を手で覆っています。太郎も、心の中で、(そーだ、そーだ!)と言いました。
すると、小鬼は、
「違うやい! おいらはビックリ箱を見せただけだい! そしたらその子がそんなになっちまったんだ!」
と言って、あるものを大鬼に見せました。
それは、すこし汚れたビックリ箱でした。箱のなかから、ビヨンビヨンと汚れたガラガラヘビが揺れています。
花つみ太郎は、それを見て納得しました。梅ねえさんは、お花畑もお花も虫も大好きでしたが、ヘビだけは大の苦手だったのです。
大鬼は、しゃがみこんで優しい声で梅ねえさんにききました。
「おじょうちゃん、大丈夫かい? ほんとにこんなもんで腰抜かしただけなのかい?」
梅は、コクコクと頷きました。
「そうだったのかい。そりゃ、うちの息子が悪いことしたね。もう大丈夫だから、ほら、立ちな」
梅は大鬼の手を借りてようやく立ち上がりました。
「よし。……アンタ、この子を送ってやりな。それと、そこに来てるお友達もね」
大鬼がそう言って花つみ太郎のことを親指で指さすと、梅が花つみ太郎の方に駆け寄ってきました。
「太郎! 来てくれたのね」
花つみ太郎はびっくり恥ずかしで、おどおどしながら答えました。
「う、うん、あんまり役に立てなかったみたいだけど……」
「ううん。太郎が来てくれて、すっごく嬉しいわ。一気に元気になっちゃった。……あら、そのお花は?」
「ああ、これは……。そうだ、これ、キミにあげるよ」
そう言うと、花つみ太郎は、お花畑から持ってきた花束を小鬼に差し出しました。
「え、おいらに……?」
「きみ、友達がほしいんだろう。寂しくて、誰かと遊びたくて、梅ねえさんを連れていったんだろう。違う?」
花つみ太郎の優しい言葉に、小鬼は泣き出してしまいました。
「……そうだ、おいらは友達が欲しかったんだ! それなのに悪さをして……。みんなごめんよおー!」
「それなら、僕たちと友達になろうよ。梅ねえさんも、いいよね?」
「ええ、もちろんだわ。ただし、ヘビだけはダメよ」
「いいのかい⁉ ヒャッホーイ!」
小鬼は大喜びで花束を持ってその場を駆け回りました。
そんな小鬼の様子を見て、大鬼もニッコリ。
「坊や、おじょうちゃん、ありがとね。じゃ、三人仲良く帰りな!」
そうして三人は、楽しく村まで歩きました。村に帰ると、鬼の姿に村のみんなは怖がりました。ですが、花つみ太郎と梅が事情を説明すると、みんなも小鬼を温かく迎えました。
それから、花つみ太郎と梅と小鬼は、一生の友達として仲良く過ごしましたとさ。
めでたしめでたし。
花つみ太郎(改訂版) やながせじんた @yanagase_jinta
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