Ⅲ - 2 私は……
答えを考えるフリをして、彼の表情を探ってみる。
彼は、どう応えてほしいのだろう。
クラスのみんなみたいに花のことを知っている私を求めているのか。自分の知識の方が優っているということを示したいのか。詳しくないことへの共感が欲しいのか……。
わからない。
質問されているのに期待が見えないなんて、花の香りがするようになってからは初めてだった。みんなどういう答えを求めているか、少なからず香りがするのに……。
そうこうしていると、彼が訝しげに首を傾げた。さすがに間が不自然になってしまった。
「……あまり知らないです、ね」
結果、彼に伝えたのは正直な気持ちだった。
なんでもない風を装ったけど、うまくできているか判断がつかなかった。それくらい、緊張していた。
どう思われたのだろう。
どう受け取られたのだろう。
どう反応が返ってくるのだろう。
詳しくないのかと幻滅されてしまったら。
張り合いがないと興味が薄れてしまったら。
彼が求めてた言葉を口にできていなかったら。
また、見てもらえなくなるのではないか。
「せやんな。花の育て方とか、普通よー知らんよな。周りみんなめっちゃ詳しかったらどうしようと思っとってん。よかったわ、安心した」
彼は笑った。
ふかふかの土から、大切に育てた種が芽吹くように。
私は反応に困った。
彼の言葉通り、笑顔通りに受け取ると、私は彼の期待に応えられたのだろう。だけどいつもとは違い、香りがしないので、本当に応えられているのかがわからない。
表面だけで判断するには、私たちの間に築かれた関係がなさすぎる。
しかし彼は私の困惑をよそに話を続ける。なので私はひとまず彼に耳を傾ける。
「花育てよ思て来たはええねんけど、何したらええかさっぱりで。とりあえず家にあったスコップ持ってきてんけど、これもしかしていらんかったかな」
彼は私用で花を育てようとしているらしい。緑化委員としては止めるべきだと思うけれど、あの先生なら緩く許してくれる気もする。どうしたものか。
「……そうですね、学校に備品があるので、わざわざお家から持ってくる必要はなかったですが、今日は土壌づくりでスコップを使うので、準備としては大正解ですよ」
「お、ほんまか」
「ええ。この花壇は長らく使用されていなかったようなので、まずは耕してふかふかの土を作ることからですね。前に植わっていた根があれば取り除き、塊の土があれば崩してください」
とりあえず、緑化委員で説明された流れを話す。それで彼が手伝ってくれるのなら、男手が増えて私としてもありがたいし、興味を失ってしまえばそれまでだ。普通に注意するより角が立たない選択だろう。
「え」
そう思ったのだけれど、今度は彼がまじまじと私を見つめていた。
「全然知らんことないやん! ちゃんと知っとるやん自分! え、さっきの嘘やったん!?」
「う、嘘なんてついてません!」
彼があまりにも派手に反応するから、私も強めに否定してしまう。いけない。切り替えるためにポンポンと膝を払い、気を取り直して落ちついて説明する。
「ただ昨日の委員会で説明された手順を伝えただけです。私が今考えたわけではありません」
「でも昨日話しされたばっかで、それをちゃんと理解して他人に説明できるんやろ?」
「ま、まあ一通りは……」
「じゃあ全然知っとるって。胸張ってええでそれは」
「そうでしょうか?」
「そやそや。高校の委員会なんて言われたことできれば十分やろ。別にプロ目指しとるわけちゃうし。それで満足せんって、あんたはどこを目指しとるん」
「そ、それは……」
言い淀んだのは、いつのまにか彼と同じ花壇を共有するくらい距離が近くなっていたからじゃない。なんだかとても、触れられたくない部分を触れられた気がしたから。
「なんだっていいじゃないですか」
だからつい、不貞腐れてしまった。
どうしてだろう。いつもだったらこんな態度は取らないのに。早いとこフォローして自分を取り繕うのに。
「そういうあなたは、なんで花を育てようとしたのですか?」
思っているのと違う言葉が、違う感情が、出て行ってしまう。
「––––妹がな」
人にものを訊く態度ではなかったけれど、彼は気を悪くした様子もなく、教えてくれる。
私と花と君と みとたけねぎ @mttkn4g
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