第2703話 そんなものは決まっているだろう。
もし『聖典に刻まれたセンエース』が実在するのであれば、
自分ごときが、ここまで必死になって駆けずり回る必要はなかったはずだ。
――と、カンツは心底から思う。
文句が言いたいわけではない。
潔癖ゆえの、もはや『不条理』と言ってもいい『レベルの高すぎる不満』がダダ漏れになっているだけ。
「センエースが本当に存在するなら! どうして、まだ世界は、ワシの理想通りの美しさを得ていないんだ!!」
歯をむき出しにして、
潔癖ゆえの狂った文句を叫ぶカンツ。
そんな彼に、ウムルは、
「くく……どうしてって……」
おかしそうに笑ってから、
「そんなものは決まっているだろう。私のような『化け物』を処理するのに忙しかったからさ」
「……」
カンツは目をむいた。
ウムルの言葉が、魂に刻まれたから。
『アルテマウムル・シャドー』という化け物に殺されかけた。
――その経験を経て、はじめて、カンツは、
センエースという王が、これまで、ずっと、
『世界のために何をしてきてくれたのか』を知った。
『理性』だけでは『理解できていた気になっていた部分』に、
『本物の質量』が伴った瞬間。
バグや愚神という怪物の話は聖典で知っていた。
だが、知っていただけだった。
「貴様らじゃ、どうがんばっても、センエースの代理はこなせねぇ。実際、この通り、できていないだろう。いったい、他の誰にできる? 『どうあがいても勝てる気がしない壊れた化け物』が現れて、暴れ散らかした時、その処理を担えるのは、この世でたった一人。本物のヒーロー、センエースだけ。あいつは、全部を一人で背負っている。強くなることがあいつの仕事。命の壁を超えることが、あいつの最大の……というか、唯一の仕事。その仕事を全うすることだけが、あいつの責務。――だが、あいつは、それ以外もやっていた。リフレクションというアホな組織をつくって、『ゼノリカが処理しきれなかった闇の裏側』を、頑張って掃除していた」
「リフレク……聖典教を小バカにしているだけの……あのゴミ組織が……?」
もちろん、カンツも、リフレクションが、基本的な慈善事業をしていることは知っている。
しかし、それは、『税金対策』兼『表向きのパフォーマンス』に過ぎないと思っていた。
それも仕方のない話。
『実際にリフレクションで働いているメンツ』が、
そのように認識しているのだから。
「それ以外にも、身分を偽って、お前らと共に、現場の視察を行ったりもしていた。あいつは、天下(楽連や百済)に属する数百人全員の名前を覚えているが、それはなぜだと思う? 机の上で写真を見ながら暗記したから? 魔法を使って頭にインストールしたから? 違う。一緒に仕事をしたからだ。時には支え、時には命を救い、時には励まし、そうやって、お前らと一緒に世界を安定させるための仕事をこなしていたから。だから、あいつは、お前らを知っている。『愚連』や『沙良想衆直下の配下』の中でも、とくによく働く連中の名前なら、あいつは覚えているぞ。あいつは頭が悪いから、さすがに全部は覚えられないがな」
「……身分を隠して……一緒に仕事……?」
それを言われて、カンツは、一人の青年を思い出す。
かつて、一緒に仕事をした愚連のA級武士。
『ネス(NES)』という名前の、目つきが悪いへちゃむくれ。
存在値は大したことなかったが、根性の入り方が異常だったので、よく覚えている。
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