第1104話 アバターラ、見参。


「さっさと冒険の書を出せ。抵抗するなら……」


「いや、抵抗はしないよ。『俺』はお前に手を出さない。俺にとっては、冒険の書よりも、こいつらの方が大事。こいつらが『俺のもとからいなくなる可能性』が少しでもあるのなら、俺は常に『そうならないための選択肢』を選ぶ」


 そう言って、センは、冒険の書をさしだした。


「ふふん、賢明な判断だ。お前は『優秀なわけ』でも『強いわけ』でもないが、しかし、多少は気骨のある男だと認めてやる。女の前だからといって『かっこつけて暴れるだけ』が『男の度量』じゃない」


 そう言いながら、センの手から冒険の書を奪い取る78番。


「一応言っておこうか。委員会に『強奪された』と泣きついても『奪われるお前が悪い』と怒られるだけだぞ」


「知っているさ。事実、奪われるやつが悪い」


「いい心がけだ。くく……冒険の書を手に入れる前に、カモに出会えて助かったぜ。冒険者になってしまった後だと、お前というカモの存在を知ったとしても手は出せなかったからな……くくく、ははは! 僥倖、僥倖!」


 高笑いしながら、冒険の書をアイテムボックスにしまいこみ、

 センに背を向けて、去ろうとしたところで、


「……ん?」





 ――目の前に『センそっくりの青年』が立っていることに気づいた。





 その瓜二つの姿を見た78番は、そくざに、


(ほう……分身か……)


 センが分身の魔法を使ったことに気づき、

 丹田に力を込めて、

 魔力とオーラを充満させていく。


 78番は、冒険者試験の二次で9位という好成績をとった超人。

 二次で『運が良かった』のも事実だが、

 しかし、78番は、予選も一次試験も、同じくらい上位の成績でクリアしている。

 ※ 予選も一次も『ランキングがつく形式』ではなかったが、

   委員会が集計したデータによる、内部レートは存在する。

   78番の内部レートは、予選・一次ともに上位トップテンに入っている。


 78番は、したたかなだけで、

 クズの犯罪者ではない。


 彼はあくまでも、世界のルールにのっとって行動している。

 先ほどの強奪劇を日本人の倫理観をもって俯瞰で見れば、

 理不尽なカツアゲに思えるが、

 この世界の倫理観に照らし合わせてみれば、

 『冒険者でありながら、簡単に冒険の書を奪われる方が悪い』となるのだ。

 だから、センは、彼に罰を執行したりはしない。

 78番は何も悪いことはしていないから。

 『罪をおかしていない者』に罰は執行できない。


 ――だが、悪いことをしなければ、なんでも許されるかというと、

 もちろん、そういう話でもない。


 行動には代償がともなう。

 因果をナメてはいけない。


 罰は執行しない。

 しかし、

 『感情』は執行させてもらう。



「ふん……やる気か。バカが」



 78番はそう言いながら、ゴキっと指の関節を鳴らし、



「しょぼい分身だ……この程度で俺をどうにかできるとでも?」


「その分身でお前を倒すのは難しい。なんせ、あまりにも弱すぎるから。戦闘力も存在値も、お前よりもはるかに劣っている。普通に考えたら絶対に無理。『そいつ』は、そういうレベルの分身だ」

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