第1071話 お前は誰だ?
ほんのわずかな一瞬で、ほんのわずかなスキマを見つけ、そこに、コンマ数秒の遅れもなく収まり続けなければ、無残に全身が貫かれてしまうレーザー地獄。
その地獄を、
「ん? もう終わりか? 速度はそこそこだったが、持久力はイマイチだな」
汗一つかかず、鼻歌交じりに乗り越えたセンを見て、
蝉原は、
「……」
茫然(ぼうぜん)とした顔を見せるばかり。
まるで、心が枯れたよう。
スゥと、みじめな冷や汗を流し、
二・三度、口をパクパクさせて、
そして、
五秒後、
「……っ」
気力の抜けた『弱いため息』をついて、
「は、はは……まいったな……」
心底から絶望した顔で、
「絶句するよ……イカれてる……つ、積んだものを、残さず、全部放出したのに……」
蝉原が放出したのは、自分が溜めていたものだけじゃなかった。
P型センキーが密かに積んでいた『いくつかのバフ』――
そのバトンを受け取った蝉原は、
さらに、先ほどの、センとの会話の中で、
ソっと、バレないよう姑息に狡猾に、積み技を重ねがけしていた。
『限界の全力』を出せるよう、しっかりと下準備をして、
一手のミスもなく、
かつ、ほぼ全ての魔力とオーラを込めて、
『今の蝉原に出来る最強の一撃』を放った。
禁止魔カードの助力も受けて、
実はとんでもなく存在値が上がっている状態で、
かつ、溜めに溜めに溜めに溜めに溜めた一撃。
全身全霊をぶちこんだ、文字通り『魂の一撃』だった。
『殺し切る事はできないだろうが……せめて、センエースのHPを半分ぐらいは持っていってほしい』――と願いながら撃った。
そんな……本当に、最強の一撃。
――だけれど、結果は散々。
HPを半分もっていくどころか、
かすりもしなかった。
「……こ、このレベルの敗戦処理をやらされるとは……聞いていないぞ……」
ギリっと、奥歯をかみしめる蝉原。
じっとりとした汗が頬を伝っていった。
蝉原は、一度、震える両手で、グシャグシャっと頭をかきむしってから、
「……一つ、聞いていいかい、閃くん」
「なんだ、蝉原」
蝉原は、うつむいて、目を伏せて、
「……本当に、君は……俺なんかに憧れていたのかい?」
その問いかけに、
センは、二秒をかけた。
『何を言うべきか』ではなく、
『どう言うべきか』に悩んだ時間。
純粋な二秒後、
センは言う。
「……まあ、あの頃は俺も坊やだったからな……」
ボソっと、そう言ってから、
しかし、フイっと首を振って、
「――なんてクソ以下の言い訳をする気はない。お前は、間違いなく、俺の憧れだったよ。鬱陶しくて、厄介で、面倒くさい、畏怖の象徴だった。だから……」
そこで、センエースは口を紡いで、
まっすぐに、武を構えた。
しっかりと、
本気の構えで、
蝉原と対峙する。
もう言葉はなかった。
センエースは、ジっと、強い視線で、蝉原センキーを見つめている。
その姿を目の当たりにした蝉原は、
「は……ははっ」
泣き笑いの顔をして、
一度、小さく頷くと、
両手の拳を握りしめ、
「もう一度名乗りたい。どうしても。だから……聞いてくれないか。俺が誰なのか」
蝉原の頼みを、
「俺の前に立つ者よ。……お前は誰だ?」
センエースは受け入れた。
これは、お情けじゃない。
この想いは、決して、情(じょう)なんかじゃない。
――これはケジメ。
だから、
「……俺は、閃光を纏(まと)う冒涜――その強大な器に寄生する亡霊。『この上なく尊き神の王』を煩(わずら)わせた時計仕掛けのオレンジ、蝉原勇吾」
今もなお『蝉原センキー』のままだが、
しかし、彼は、堂々と、蝉原勇吾を名乗った。
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