第990話 狂う事すらゆるさない。
冷たい時間が流れていく。
そんなおり、
――ソンキーが言う。
「一手一手が軽すぎる……そもそもの、根源的な、攻防のバランスに対する認識が甘すぎる。闘いになっていない。現闘や神闘がどうこうという次元に達していない」
「……」
「なあ、カス野郎。一つ教えてくれ……俺はいつまで、このくだらないギャグにつきあえばいい?」
「……っ……っ……」
あとずさる。
気力を狩りつくされた。
まるで小動物。
「……っ……は……う……ぅう……」
そんなウラスケの様子を見て、
ソンキーは、軽く溜息をつき、
「この場からは動かず、使うのは指一本だけで、触られたら負け……この程度の縛りでは、さすがにヌルすぎるのか?」
そうつぶやいて、
少し空を見上げ、
「んー……しかし、それ以下なんて、何がある? もう、現状で、すでに、ハンデは精一杯……だろ? これ以上のハンデを背負うとなると、もはや、それは最低限の闘いですらなくなってしまう。俺はお前用のトレーニング器具じゃねぇんだよ」
「……っ……っ」
過呼吸になり、
上手に息を吐く事もできなくなった。
全身の血が冷たくなって、
頭を染める白色が、どんどん純度を増していった。
頭の白が限界に達した時、
プツンッと音がして、
何かが切れて、
「は、ひゃははは!! か、勝てるわけねぇ! 紫の海は飲めませーん! ひゃはは!」
歪んで壊れた。
ソンキーの神気にあてられて、SAN値がマイナスになったのだ。
「殺せ、殺せ、ヒヒハハハハ」
心を放棄した。
発狂という、楽な道に逃げる。
――しかし、
「狂ったら終われる……とでも思ったか? 残念だが、逃避は許さない」
そう言って、
ソンキーは、人差し指をウラスケに向けて、
「――神の慈悲――」
魔法によって、ウラスケは、
「かはっ……はっ、ひっ……は? え?」
強制的に、正気を取り戻させられる。
バグった頭を元に戻されたという無慈悲な事実に困惑し、
けれど、錯乱逃避することも出来ず、
ただ、ジンワリと、『とまらない狂気の渦』の中心でもがき続ける。
その耳は、正確に、
ソンキーの無慈悲な言葉をとらえてしまう。
「お前が自分の意思で選んだ『その場所』は、決して、『ビビって尻込んでいれば済む甘い世界』じゃない」
空気が、危殆(きたい)に瀕する。
「――ここは神域。修羅の牢獄」
命の岐路。
幻想の虚空(こくう)。
静謐(せいひつ)な黒銀。
「理解できたら、さあ……とっととかかってこい。今のお前に許されている行動はそれだけだ」
「……」
「何を黙っている? まさか、魂がすくんで動けないとでも?」
「……」
「――だったら、最初から、絡んでくるんじゃねぇよ」
声が、一段階低くなった。
「……ぅくっ」
思わず、息をのむウラスケに、
けれど、ソンキーは止まらず、
その極端なほどの凍える声で、
「ソードスコール・ノヴァ」
そう詠唱すると、
ウラスケの周囲に、100本を超える『魔法の剣』が召喚された。
100本を超える魔法の剣は、
それぞれ、自由意思を持っているかのよう、
まるでニタニタと笑いながら、ウラスケをもてあそんでいるようだった。
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