第620話 夜明け後。
朝の柔らかな光が差し込む一室。
大きなベッドの上で眠っていたゴートは、自身の覚醒を感じたと同時にパっと目を開けて、ムクっと上半身を起こした。
(ほんの数日しか経っていないというのに……このトンデモ状況にも、すっかり慣れたな……人間の適応能力は凄まじい。まあ、今の俺は人間ではなく魔人だが……)
心の中でそうつぶやきながら、隣で横になっているリーンの髪をなでる。
起こすつもりはなかったが、ゴートの手のぬくもりで、リーンは目をさまし、ムニャムニャいいながら、もぞもぞとゴートに抱きついてきた。
リーンの体は、少し冷たい。
血の流れがわずかに停滞している。
――だから、
そんな彼女に、ゴートは、
「……まだ不安か?」
そう声をかけると、リーンは首を横に振った。
まだ、目はトロンとしており、完全に覚醒しきっていないが、
しかし、彼女はゴートに対してハッキリと、自分の意思を告げる。
「……何の心配もないと言えばウソになる。けれど」
そこで、リーンは、ゴートの手をギュっと握りしめ、
「もう妥協はしないと決めた。最後の最後まで、ワシは、あなたと共にゆく」
「それでいい。俺の背中だけ見てろ」
言いながら、ゴートは、一度、リーンの小さな体をギュっと抱きしめてから、ゆっくりとベッドから立ち上がり、脱ぎ捨てていたローブを雑に羽織る。
寝室を後にしようと扉に手をかけた時、後ろから、リーンが、
「ラムド……また、こんな早朝から鍛練か? ……また……あの妙な部屋で……ボロボロになって……」
心配そうな声でそう言ってきた。
『世界の状況』というものに対しては、もう、そこまで心配はしていない。
リーンは、ラムドと共にいくと決めた。
ラムドと一緒なら、こわいモノはない。
だが、それゆえに、ゴートの身に関しては、ひどく心配してしまう。
いつもいつも『あの妙な部屋』で、ボロボロになるまで鍛練を行っているゴートに対して、湧き上がってくる不安は消えない。
リーンの心配を受けて、ゴートは、少し遠くを見ながら言う。
「全部を背負って闘う力がいるからな。今のままじゃ……まだ足りない」
ゴートの頭の中にある心配の種は、フッキ・ゴーレム。
エレガを暗殺すればフッキは止まる。
そんな事は知っている。
『なぜ知っているのかわからない』が、とにかくそれは知っている。
だが、もし、エレガ暗殺に失敗したら?
エレガを暗殺する前に、フッキが動き出してしまったら?
その可能性は、いつだってゼロじゃない。
だから、ゴートは決めた。
『エレガ暗殺を主軸にして事を進めていく』が、それと並行して『フッキを倒すために強くなろう』と。
――気負っているゴートに、リーンは言う。
「無茶をするなとは言わん。しかし、一人で抱え込むのはやめてくれ」
今のゴートの背中は、リーンからすれば、見ていられない。
毎日、毎日、ボロボロ、クタクタになって帰ってくる姿――
「辛い時は、必ずワシを頼ってほしい。もう二度と、あなたを一人にはさせたくない」
そんなリーンの言葉に対し、
ゴートは、ニっと微笑んで、
「前に進む過程を辛いと思った事は一度もない。それに、何度も言っただろ。俺は今までで、孤独だったワケじゃない。没頭していただけだ。つまり、孤独ではなく孤高だった」
ラムド・セノワールの人生は、どこかで『38歳のセンエース』とかぶるものがある。
常に、自らの意思で孤高を貫いていた求道者。
立場が立場なので、それなりに部下はいたが、しかし、ゴートの立場は、あくまでも、司令官であり、彼らとつるむような事はしなかった。
「愚者を演じて世界を騙しながら、入念に牙を磨いてきた狂気のマッド召喚士、ラムド・セノワール。俺は、『俺』を貫く。そのための力がいる」
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