第204話 セン、『学園モノ』テンプレ地獄で奮闘する。
センの心を蝕む『一人』。
それは、昨日まで通っていた塾『月明かり』のクラスメイト。
月明かりは、センが通っていただけあって色々と変わった塾だった。
月謝が死ぬほど安く、それなのに入塾テストが異常なほどの難関(学力ではなく、根性を、鬼のように試してくる)であるため生徒数が極端に少ないという、どこからどう見ても『経営する気ゼロ』なストロングスタイルである点もそうだが、一番の特徴は、定期的に行われるテストの形式がバカテス方式(点数制限なし)というところ。
センは、そのテストを受けたいという理由(復習の際の採点確認が一番ダルいので、誰かにやって欲しかった)だけで、小学校二年の頃からずっと通っていた。
同じ学年の生徒が7人しかいない(月明かりの評判は高く、入塾志望者は多いのだが、テストが厳し過ぎてなかなか入れない)小さな塾。
センはその中で、英・国は常に一番だった。
自慢などしていなかったし、実際なんの自慢にもならない称号だったが、どこかで支えにしていたのは確か。
二か月ほど前、そこに一人の同級生が入ってきた。
センは、ソイツが入塾してきた際の自己紹介を、今でも鮮明に覚えている
「対策と確認を高いレベルでやってくれるって聞いたんで入りました。今のワシ、勉強以外のことが死ぬほど忙しいから、作業に使う時間はないねん。という訳なんで、ワシには、話しかけんといてもらえます? 今のワシ、ダベっとるヒマとか、マジでないんで。以上」
西出身だとすぐに分かる喋り方。
人付き合いを拒んでいる雰囲気がバリバリ出ている、いわゆるセンと同じタイプ。
名前は、田中トウシ。
「一つだけ質問でーす。受験という、この血で血をあらう大戦争の真っただ中で、勉強以外の何をやっているんですかー?」
クラスメイトだった女子が、そう問いかけると、田中は簡潔に答えた。
「ワシ、今、ちょっと変わったソフトを作っとるんや。別に世界を変えるようなプログラムやないけど、『なんかできそう』やから、完成させてみたいんや」
「そんなの、高校か大学に入ってからやればいいんじゃないですかー?」
「……ワシは、ワシのやりたい事を、ワシのやりたいタイミングでやる。以上。もうワシの事は、だいたい分かったやろ? 以降、二度と話しかけてこんといてな」
そのエッジのきいた自己紹介を聞いて、センはこう思った。
(プログラム……ソフトねぇ……断定はできないが、まあ、理数系だろうな。つまり、俺のトップは揺るがないって事。それだけ確認できれば後はなんでもいい。お好きなだけボッチを満喫してくれや)
今まで、このクラスに理数系はいなかった。
みな、根性の塊みたいな連中なので、数学でもそこそこの点数を取るが、
得意分野は、大概、歴史か外国語。
国語を大得意としているヤツが一人いて、そいつは、流石に、なかなかの点数を取る。
しかし、センは一度も負けた事がない。
(はは……しかし、変わったヤツだな。わざわざ、この時期に、ソフト制作なんて、クソみたいに手間暇のかかる事をよくやるぜ。お前みたいに受験をナメている理数野郎に、もし得意科目で負けたら、勉強なんかやめてやる)
――そして、結果、センは田中に負けた。
――田中は、全ての教科で、一番になった。
いつも、センが、ぶっちぎりの点数を取る英・国でも、センは田中に敵わなかった。
それも、圧倒的に負けた。
どうあがいても勝てない点数差で、センは田中に負けた。
終わってみれば、非常に呆気ない結末だった。
あの瞬間、センの中で何かが壊れた。
もし、『勉強が好き』だったら、『なにくそ』と思ったかもしれないが、勉強なんて、やらなければいけないからやっていただけ。
そこにオマケして、『一番を維持したい』という、ちょっとした要求があったから、必要以上に頑張っていただけの事。
『何をしても絶対に勝てないヤツ』が『目の前の敵』になった以上、やらなくてもいい『頑張り』から足を洗うのはむしろ当然だった。
『ああ、よかった』
『むしろ、こうなる事を望んでいたんだよ』
『もう、勉強しなくていい。らくらく~』
『いやぁ、ありがたい、ありがたい』
『さあ、あまった時間を何に使おうかなぁ』
(……くそが……)
また、心の中でつぶやく。
もうどうでもいいだろうと何度言い聞かせても、時間が経つとブリ返してくる。
分かっていた事ではあった。
センは天才ではない。
センより賢い者など、そこら中にいる。
そんな事は知っている。
しかし、
どこかにいるのと、目の前にいるのとでは雲泥の差。
(もういい、もういい! 考えるな! ていうか、何をどうしたいんだよ、俺の頭! もういいだろ、実際! 今のままでも、余裕で大学には行けるんだから、マジで勉強なんかする意味ねぇだろうが……何にムカついてんだよ、俺ぇ……マジでいい加減に――)
と、その時、
「遅ぇよ、セーン……」
鼻にピアスをつけて、派手に制服を着崩しているガタイのいい金髪が近づいてきて、
「待たせんなよ。むしろ、そっちから来いや……ほら、集金、集金。ハリー、ハリー。心、ダッシュさせてぇ、財布開いてぇ」
金を出すように要求してきた。
それは、それは、気持ちいいほどまっすぐなカツアゲだった。
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