第70話 私にしか出来ない不可能。


 ――イス人と無崎がコスモゾーンでルナと過ごした時間は、ほんのわずかだった。

 実質的には、コンマ数秒の出来事。


 だから、はた目には、


「きゅい」


 ――急に、『それ』が現れたように感じた。

 2頭身で手乗りサイズのドラゴン。


 本当は、いくつもの思いと覚悟の結晶。

 でも当事者以外は何もわからない。


 『まるで生命の神秘みたいだ』なんて、そんなことを思うイス無崎。


「きゅい」


 小さなドラゴンは、ロキの目の前まで飛んでいく。


 ドラゴンの目を見たロキは、



「……ルナ?」


 なぜそう思ったのかわからない。

 ただ、そうとしか思えなかった。


 ただ、感じた。


 それは、たぶん、心という謎のセンサー。

 理屈という途中計算をないがしろにして、

 真理の中枢へと直接ワープできるチート。


 誰が何年かけても、絶対に解き明かすことも、修正することも出来ない命のバグ。


「……ルナ……」


 感情が暴走する。

 もう、わけがわからない。

 何がなんだかわからないが、

 しかし、ロキは、




「ルナ! ルナ!」




 ただ、ただ、妹の名前を叫び続ける。

 ずっと、ずっと、会いたかった。

 抱きしめたかった。

 謝りたかった。



「ごめんね……守ってあげられなくて……っ……ごめん……ごめんなさいっ!」



 言いたいことは山ほどあった。

 けれど、届かないと思ったから、自分の中に閉じ込めて鍵をした想い。

 その全てがあふれ出る。

 決壊したダムみたいに、ぶっ壊れて、ゆがんで……だから、止まらない。


 産まれたばかりの赤子みたいに、大声で泣きながら、力いっぱい、携帯ドラゴンを抱きしめるロキ。


 ――そんな彼女を見つめながら、

 上品が、


「え、どういうこと?」


 当然の疑問に『イス無崎』が答える。


「私が保有している『予備の携帯ドラゴン』に、コスモゾーンから回収してきた田中ルナのフラグメントをぶち込んだ。それだけの話だ。


 ――ちなみに、『無崎』は、今、『コスモゾーンに自力でリンクした影響』で失神している。

 本来なら、脳が焼き切れて、存在が消滅してもおかしくないのだが、

 大魔王・無崎に、そんな常識的な因果など通じない。

 ……いまさら、あえて訂正する必要などないと思うが、

 無崎の肉体と精神は、まったくもって凡庸ではなく、

 常軌という常軌を逸しまくっている。


「ちなみに、あいつら姉妹の両親のフラグメントは私の中に在る。……私、無崎朽矢は、完璧なトゥルーエンド以外を拒絶する」


「携帯ドラゴン? あれ、やっぱり、携帯ドラゴンなん? 最終的に、闘手戦争を勝ち残った奴が獲得できるって噂の、神のアイテム……それを持っとるとか、どういう……いや、てか、予備? 二個、もってんの?! ちょっと、もう、ごめん……ほんまに、もう、わけわからんわ。ちょっと、もうしわけないんやけど……アホのウチにもわかるように、かみ砕いて説明してくれへん? たのむわ」


「反魂(はんごん)を成す余力も、完璧なマテリアルを用意する余力も、今の私にはないからな。私が作成した『超高性能なスマホ(携帯ドラゴン)』を『器』にして、『ロキの妹』の魂を現世に顕現させた。もっと、かみ砕いていうなら……『魂というシムカード』を『私の端末に挿入した』……そう考えれば、それで不備はない」


「……もう、ほんま……むちゃくちゃ……てか、まだよぉわからんのやけど……すでに死んだ魂をあの世から連れてくるとか……そ、そんなことって出来るもんなん?」


「貴様らでは無理だ。これは、私にしかできない不可能」


「めちゃくちゃやな、ほんま」


 そうつぶやきながら、

 心の中で、ボソっと、


(よぉわからんけど、要するに全部ロキを救うためやったってことか……な、なんというか、ほんま……スゴすぎやろ……あのロキまで救ってみせるやなんて。……無崎朽矢……真なる意味で世界を統括する人……ほ、ホンマに、どんだけ……どんだけ、カッコええねん……)


 心底から感嘆している。

 心酔している。


 そんな上品の顔を見て、心底からイライラしている美少女が一人。


「なんで……どうして、こうなる……くそぉぉ……」


 ギリギリと奥歯をかみしめて、

 ついに我慢の限界に達したのか、


(邪魔者を排除するどころか、鬱陶しいバカ女どもの無崎に対する心酔率が爆上がりしただけじゃないか! くそったれぇえええ!!)


 心の中で佐々波は叫んだ。

 なぜ、自分がこんなにイライラしているのか、

 彼女は、その理由に気づいていない。


 きっと、これからも気づかない。

 ――多分ね。


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