第69話 閻魔大王・無崎の判決。


「……全部、どうにかするんだよ。そうじゃなきゃ、何もしていないのと同じなんだ」


「……くくく。『潜在意識(コスモゾーン)の中枢』に、『無自覚の潜在意識』をぶち込んできたか……さすが、無崎。なんでもありだな。そんなことは、私にも出来ない」


 ――イス人は、おかしそうに笑ってから、

 まっすぐな目で、諭(さと)すように、


「無崎。改めて言うが、『あまねくすべてを完璧に救済する』など不可能だ。この世の全ての不合理・不条理を浄化することなど出来るわけがない。なぜなら、それは、神のパラドクスだから。神でも持ち上がらない石を、神は創れないのだ」


「誰だか知らんけど、お前、ごちゃごちゃ、やかましいな」


 今、まさに、『面と向かってイス人と対話している無崎』だが、

 『無崎』にとって、『今』は、無意識下の夢みたいなもの。

 目を覚ませば、すべて忘れてしまう、うたかたの幻夢。

 現状に対する『正しい理解』など全くできていない。


 だから、すべての発言は、『考え無しの感情論』に過ぎない。

 ピーキーなワガママだけをふりかざす無崎に、

 イス人は、『丁寧に諭す態度』を崩さず、


「無崎。貴様の偽善を、私は否定しない。貴様には借りがあるから、貴様の思想の自由を私は尊(たっと)ぶ。……しかし、本音のところ、『目の前の、たった一つの偽善に執着する意味がどこにあるのか』という疑問を抱いてしまうのも事実。『独善的なだけ』の『空虚な正義感』や『破綻した倫理観』など、視点を俯瞰(ふかん)にすれば、むしろ、最も愚かで汚らわしい害悪である、と、私は、あえて定義づけたい」


 多くの物事を考えた上で答えを出すイス人。

 アホの無崎とは違う。

 丁寧なロジックこそが、知性の権化であるイス人の土台。


「すべての命を救済するなど神でも不可能。……神の不完全性は、すでに証明されている。神は、石の一つも持ち上げられないのだ」


「よくわからんけど、その石、そんなに持ち上げたいなら、俺が持ち上げてやるから、とりあえず、目の前の胸糞を、どうにかしろよ。口じゃなくて、手を動かせ。ハッキリ言ってやる。お前が言っていることは、何一つわからんし、わかりたいとも思わん。『幼稚園児にも分かるように説明できるだけの知性』がないなら、二度と、その重ダルいだけの口を開くな。バカが」


「……」


「よくわからんけど、お前は、『すべての命を救済できないなら、最初から、救済とか考えない方がいい』って言いたい感じか? だったら、こう言ってやるよ。その思想は、『どうせいつか死ぬから、生きる意味はない』って言っているのと同じだ。『どうせ汚れるから掃除しない』って言っているのとも同じだな。アホ丸出しだ。かしこぶっているが、てめぇが一番頭わりぃ」


 その発言を受けて、イス人は、

 フっと、ニヒルに微笑み、


「……何が起こっているか、まったく理解できていないまま、完全なる無自覚のまま、それでも、かたくなに、貪欲に『トゥルーエンド』を求め続ける姿勢。……くく……おそれいった」


 しなやかに天を仰ぐ。

 遠い果て――『ここではないどこか』を見つめながら、


「……『愚かさ』を背負う度量すらない者に、『命の最終解(最終回)を求める資格』はない……か。その極論……さすがに、正論とは思えないが、しかし、曲論とも思えないのが不思議なところだ」


 少しだけ、ほんのわずかな時間だけ、

 大事な間をとってから、


「――いいだろう」


 イス人は、覚悟をきめた。

 ハードラックとダンスっちまう覚悟。


「私の一部をくれてやる」


 そこで、イス人は、

 自分の右腕を引きちぎった。


 今、ここにあるのは、『精神体』なので、痛みなどはないが、

 しかし、精神の一部を削るという行為は、すなわち、

 彼の存在感そのものを削ることにつながる。


「ただし、これは贈与ではなく、投資だ。必ず、いつか、利子をつけて返してもらう」


 そう言いながら、

 イス人は、引きちぎった自分の右腕を媒体にして、

 ジオメトリを生成すると、


「田中ルナの母、田中ステラ……田中ルナの父、田中太陽。貴様ら二人のフラグメント……この私がもらいうける。私の命の一部を喰らい、私の中で生きるがいい」


 宣言の直後、

 イス人の中に、二つの魂魄が流れ込んでくる。


 二つの命を背負ったイス人は、

 自分が無崎にやったように、

 『自分の中にいる二人』を、自分の表面へと押し出す。


 ステラと太陽の意志を持った精神体。

 無崎の中にイスがいて、その中に、二人がいる。

 そんな、あまりに歪な関係性。


 ――そんなイスに、ルナは、


「……ママ……パパ……」


 抱きしめ合う親子。

 涙があふれて、

 声がかすれる。



 そんな親子を尻目に、

 ――無崎は、きょろきょろと、何かを探している。


「……どうした、無崎」


 イス人に、そう問いかけられた無崎は、


「……いた」


 即座に発見する。

 ――ロキから家族を奪ったクソガキ。

 木室敏樹。


 彼を秒で見つけてしまった無崎に対し、

 イス人は、呆れ交じりに、


「……『見つけたいから』という理由だけで、広大なコスモゾーンの海から、ハリ一本を、何の手がかりもなく、しかも、秒で見つけてしまうとは……貴様の運命力は本物だな。おそらく、ステラと太陽の献身などなくとも、お前なら、田中ルナを瞬殺で見つけてしまっていただろう」


 無崎の運命力の前では、すべての絶望が平伏するしかない。

 無崎は、一目散に、そのクソガキの元へと駆け寄っていく。


 その絶望を前に、流石のサイコパスも、


「ひぃいっ!」


 恐怖のどん底に沈む。

 無崎という狂気を前にして、終わった命が、もっと深い終わりを求める。


「ちょっと、待っ……閻魔様、違う! 僕は、ただ、道を間違えただけで――だから――」


 などと、必死になって弁解しようとする彼に、

 無崎は、問答無用で、拳に力を込めて、


「もう死んでいるけど……お前だけは、もっと、ちゃんと死ね」


 むちゃくちゃなことを言いながら、

 サイコパスの顔面に、

 ド級の一撃を叩き込む。


「ぶごへぇええええっっ!!」


 吹っ飛んで、霧散する、木室の思念体。

 跡形も残らず、完全に消失。


 その様を見たイス人は、


「……くく。凄まじい『暴力』だ。そこらのヤクザでは到底マネ出来ない、極悪な『ケジメ』のつけかた。……今後、やつのフラグメントは、輪廻の中で、地獄を見続ける。閻魔大王・無崎を怒らせて、ただで済むと思ってはいけない」


 無崎は、『あのサイコパスが地獄を見ること』を望んだ。

 殴ったことは、あくまでも、その意思表示にすぎない。

 もちろん、ダメージは通ったが、そんなものはオマケにすぎない。


 ――無崎に裁(さば)かれた木室のフラグメントは、今後、永遠に地獄を見続ける。


 サイコを裁いて満足したのか、

 無崎の思念体は、そのまま霧散した。


 無崎のクラスメイト達の見解は、正しかった。

 無崎だけは、決して怒らせてはいけないのだ。


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