第68話 完璧なトゥルーエンド。



(こんな結末は認めない。こんな胸糞悪い終わりなんかいらない。こんなんじゃ、誰も救われないじゃないか)


 そんな、無崎の、『駄々っ子な心の叫び』を受けて、

 ――無崎の中にいるイス人は、


(……ここまででも十分すぎると思うが? 矮小な『人』風情が、誰かを『完璧に救おう』だなんて、それは、とてもおこがましいことだと思わないか、無崎)


 イス人の声が聞こえているわけではない。

 無崎は、この期(ご)に及んで、まだ、『自分の中にいるイス』を認知していない。


 しかし無崎は、


(俺は認めない。俺みたいな無能が、誰かを救いたいだなんて、おこがましいかもしれない。けど、こんな胸糞のまま終わってしまうのは絶対にイヤだ)


 ただワガママを叫んでいるだけ。

 しかし、なぜか、かみ合う会話。


 まるで、真理みたいだ、

 なんて、そんなことを想うイス人。


(無崎、お前はどんな終わりを望んでいる? 何が、そんなにもお前をかりたてる?)


 聞こえているわけではないのに。

 心の輪郭がかみ合っていく。


(……センエースみたいな終わり方じゃないと嫌だ……ワガママに、貪欲に、カッコ悪く……けど、最後には、全員が笑っている……完璧な……最後じゃないと……いやだ……)



(センエース……なるほど。完璧で完全なトゥルーエンド以外は認めないか。大層な思想だ。悪いとは言わない……が、その道は果てしなく困難だ。わかっているのか)


 そんなイスの問いの向こうで、

 無崎は、まっすぐに、世界をにらみつけて、


(もし、俺に、本当に、『幻想を現実に変える力がある』というのなら、その力よ、ここで開け! そのために何か『代償』が必要だというのであれば背負ってやる! だから――)


 覚悟を叫んだ男を前に、

 イスは、静かに微笑んだ。


 少しだけモノを考えてから、


(――いいだろう。ならば私も背負おう。私に足りなかったものが、あるいは、その道の果てにあるやもしれん)



 ――そこで、イス人は、今一度、無崎と重なり合う。



(フルダイブ・パーフェクトゾーン)



 イス人は、『無崎の精神』の最奥へと潜っていく。


 はてなき集中の果て、『イス人』の精神は、コスモゾーンの中枢へと至る。

 『命の中』に『コスモゾーン』は存在する。

 そして、『コスモゾーンの中』に『命』は存在するのだ。


 すべては円になっている。

 繋がって、重なって、螺旋になって、

 そして――


「即座にみつけたか。さすがだな」


 広大なコスモゾーンの片隅で、

 イスは、『少女』を発見する。


「無崎朽矢。貴様の数奇な運命は、常に大いなる可能性に導かれている。私一人の運命力だけでは、確実に発見できなかった。貴様の運命力ならばあるいは、そう思った私の推察に間違いはなかった。――私たちは二人で一つ。私たちが力を合わせれば、出来ないことなど、ほぼないと言っても過言ではないだろう。……おそらく、貴様は私のために存在し、そして、私は貴様のために存在していたのだ。貴様の中に私がいて、私の中に貴様がいる」


 過剰な自信が膨らんでいく。

 いまだ見ぬ丘の向こうを求めて。


 銀河よりも無限倍広いその空間の中で、

 たった一つのコスモを見つけたイスは、

 荘厳な幸運の中で、己の数奇な運命に感謝をする。


 ――砂漠でコンタクトを探すことを想像してほしい。

 その無限倍難しい作業を、『見つけたいから』というわがままだけで発見してしまった。

 それが、無崎の運命力。

 ――『すべてうまくいく』――

 世界は、『王の望み』を『無視』できない。


 主人公補正なんていう安い概念は置き去りにしている。

 めちゃくちゃな大魔王補正。

 ご都合主義のハイエンド。


 それでいいのだ。

 どんな罵詈雑言も無崎は気にしない。


 胸糞なエンドで終わるぐらいなら、

 無限の批判でも、迷わず背負ってやるよ。



 ――コスモゾーンの片隅で、

 彼女は泣いていた。

 その涙を止めるために、

 できることはなんだ?



「なぜ泣いている?」



 そうイス人が問うと、

 その彼女は、


「お姉ちゃんが苦しそうにしているから」


 と、簡潔に応えた。

 どうやら、それ以外の理由はないらしい。

 不思議な話。


「泣いている理由はそれだけか。おかしな話だ。貴様自身も、十分苦しんでいるはずだが……しかし、その辺のアレコレを追及するのは野暮というものか……」


 イス人は、おかしそうに笑って、


「姉を助けたいか?」


 大事な質問を投げかける。

 その問いに、『彼女』は、


「助けて お願い。なんでもするから……だから、どうか、お姉ちゃんを救って」


「救いを求める声、確かに聞き届けた。私も無崎も、そんなガラではないが 今この時だけは、道化の仮面を被ろう」


 そう言ってから、イス人は、

 己の魂魄を限界まで高めて、




「――ヒーロー見参……」




 覚悟を口にした。


「……」


 急なヒーロー宣言を受けて、何がなんだかわからず、不思議そうな顔をしている彼女に、

 イス人は、


「不思議そうな顔をする必要はない。『ただの言葉』だ。特に意味はない。時たま、気まぐれにカッコつけて叫びたくなる。それだけの話」


「よくわからない」


「だろうな。私もそうだ。賢者を気取ってきたが……実際のところ、私は何も知らない。だからこそ『知りたい』と、強く思うのだろう」


 なんて、空を見ながらそうつぶやく。

 そして、

 深呼吸をはさんでから、


「――『田中ルナ』よ。私自身が、労を賭(と)して、貴様の姉を助けたりなどしない。そこまでの義理はない。――どうしても助けたければ」


 そこでイス無崎は、彼女の額に手を当てて、



「貴様が助けてやればいい。そのサポートだけはやってやる。それだけでも、十分に、私がつい叫んでしまった『覚悟の責任』……『道化(ヒーロー)としての役割』は果たせるだろう」



 彼女の中に、

 何かが流れ込んでいく。


 暖かい輝き。

 その輝きに触れたことで、

 彼女――ルナは、自分に何が起こっているかを理解する。


 だから、彼女は慌てて、




「ま、待って! 違う! 私じゃない! 私はいいから! パパとママを助けて!」




 そんな彼女の、最後の最後までブレない愛と献身を前に、

 イス人は、


「貴様の両親が、魂魄の全てをかけて、貴様の位置を教えてくれた。そうでなければ、さすがの『無崎の運命力』でも、お前を発見することはできなかっただろう」


「……」


「貴様は託されたんだ。命のタスキを。その意味がわからないほど愚かではないだろう」


「わかるけど……でも……」


「私にも、聞けるワガママには限度というものが――」


 と、理屈をこねるイスの中から、




「……だから、それじゃあ、ダメだと言っているだろうが」




 顔面凶器が這い出てくる。

 無敵のコズミックホラー。


 他の誰も届かない、恐怖の最果て。


「……全部、どうにかするんだよ。そうじゃなきゃ、何もしていないのと同じなんだ」


「……くくく。『潜在意識(コスモゾーン)の中枢』に、『無自覚の潜在意識』をぶち込んできたか……さすが、無崎。なんでもありだな。そんなことは、私にも出来ない」

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