第71話 空間乖離(くうかんかいり)のマトリョーシカ。
閉鎖的な空間内で、極めて局所的な関係だけが、実際の所、特にこじれてもいないのに、結局の所、何が何だか良く分からないまま、なし崩し的に解決しちゃっただけなので、全体の歪みは丸々残ったままだった。
結果だけを見れば、ロキが無崎の支配下についた。それだけ。故に、夜城院や他の超特別待遇生達は、未だ無崎にビビっているし、佐々波の機嫌は悪いし、上品の中の無崎は無駄に神々しくなっていくし、クラスメイトは全員、今も、全力で無崎を恐れている。
周囲から見れば、何も好転していない。どころか最悪の方へと転がり落ちている。
悪の天才・ロキと、大魔王・無崎が、ガッチリと手を組んで、新たに産まれた『輝く狂華』という、完全盤石のチームになってしまった。全体の認識としてはそれで止まっている。――で、実際の所、何がどうなったかと言えば、
「陛下。あーん」
放課後、ロキの特別室で、高級ソファーに寄り添って座っている複数の男女。
蛇尾ロキと無崎朽矢。ロキは朝の内に買っておいたプリンを銀のスプーンですくうと、プルプルした甘味を無崎の口元に持っていく。
ちなみに彼女の頭の上には、『幸せそうな姉』を見て、満足そうな笑みを浮かべている小さなドラゴンが一匹。
((いや、あの……自分で食べられるんで……
困惑している無崎。
そんな無崎の隣。
ロキとは反対側、
ロキに対抗するように、無崎の隣に腰かけている佐々波が、
「ロキセンパァァァイ……センセーは、あなたの事が汚物にしか思えないそうっす。それ以上、センセーを苦しめるのはやめてもらえないっすかぁ? 空気読んでくださいよぉ、ほんと、マジでぇ」
血走った目と巻き舌の佐々波に、
ロキは優しく微笑んで、
「ちょっと、どこのどなたか存じ上げませんが、わたくしの陛下に、その汚い手で触れるのはやめて頂けます? 大いなる陛下は、この世界で最も高貴な御方。全てを超越した、この次元・空間の頂点に立つ偉大な帝王。すべての知的生命の父であり母。あなた風情が触れていい存在ではございませんの」
「こんなん、ただのカスだろうが、ボケぇ……つぅか、ナメた事ばかり抜かしやがって……死にたいなら殺してやるぞ? カスが……」
「まぁ、なんて野蛮な……陛下、わたくし、怖いですわ」
そう言いながら、より無崎に抱きつくロキを見て、佐々波は沸騰する。
「無崎に触るなっつってんだろうがぁあ! こいつはボクのオモチャだぁあ!」
激昂する佐々波と、迎え撃つ気満々の挑発的なロキ。
互いの存在が、邪魔で、邪魔で、邪魔で仕方がないといった様子の二人。
そんな二人の間に割って入るのは、いつだって、
「落ち着けや、佐々波、最近のあんた、本性しか出てへんで。ロキも、佐々波を挑発するんやめぇや。面倒くさぁてしゃーない」
「里桜(りお)ちゃん。黙ってみてようよぉ。その方がオモシロ……楽だよぉ」
ロキが、場をかき乱す役。
佐々波がキレる役。
上品里桜が調停役。
そして、気楽に面白がっているだけの二階堂。
そんな謎の状況下で、
毎度、ただただ、何もできずに、ひたすらアワアワする役が無崎。
あまりにも珍妙なペンタゴン。
コミュ障オタク陰キャの無崎に対処できる状況ではなかった。
「死ね、ロキィイイイイ!!」
((ひぃいいいいっ! ちょ、もう、マジで暴れないで、佐々波ぃっ! だれか、助けてぇええ!
★
――結局、その日も、無崎は、何もできず、
ただ、アワアワするだけで、大事な一日が終わった。
(なんで、佐々波とロキさんは、あんなに仲が悪いんだろう……なんかあったのかな……仲良くしてほしいなぁ……)
周囲の美少女が『謎』に険悪で、どうしたらいいかさっぱりわからない。
そんな、『謎だけでお腹一杯の、訳分からん日々』を過ごしていたある日、
無崎は、
――『運命』の岐路に立つ。
学校の帰り道、
((さっさと帰ろう。今日はセンエースのアニメ三期が始まる大事な日。テレビの前で全裸待機しなきゃ。
そんなことを想いながら、
いそいそと、早足で家へと向かう。
((センエースは本当に面白いよなぁ……あれだけ盛大な人生を過ごせたら、きっと楽しいだろうなぁ……いや、流石にしんどすぎるか……でも、まあ……やっぱり……憧れるなぁ……もし、生まれ変わるんなら、超絶大変な人生になるけど、やっぱり、センエースに生まれ変わりたいなぁ……
などと、そんなことを想いつつ、
交差点の青信号を渡ろうとしたところで、
((ん?
――キキキキキキキィィ!!!!!!
無崎めがけて、
トラックが突っ込んできた。
ブレーキ音は聞こえるが、まったく減速している様子がない。
((やばっ――避け――ム――
生まれ持っての脅威的な反射神経で、
どうにか回避しようとしたが、
しかし、トラックは、
まるで一個の生命体のように、
いや、むしろ、もはや、
冷徹鋼鉄厳密な追尾ロケットのように、
―――――『代償』を払ってもらう―――――
無崎の肉体を、頭のてっぺんからつま先まで、
トラック事故とは思えないほど、
粉々のバラバラに吹っ飛ばした。
死にゆく無意識の中で、
無崎は、
((もし――生まれ変わるなら――どうか……センエースに……
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