第66話 劇的なエンドロールを眺めながら。


「だから、貴様の仇を演じてやった」


「――っ?!」


「ようやく言えたな。ノドを枯らすほど叫べて、少しは、楽になれただろう?」


「まさか……そんな……じゃあ、全部……わたしのために……?」


「うぬぼれるな。貴様の事ばかり考えて生きるほど、私はヒマではない」


 そこで、無崎は遠くを見て、


「しかし、まあ……たまに愚痴を聞いてやるくらいのヒマなら、無くもない」


「……」


「たまになら、貴様の愚痴を聞いてやる。いつでも吐き出せばいい」


「で、でも、わたしは……もう……死ぬ……」


「ん? ぁあ、パーフェクトゾーンか? この私が解除方法を知らないとでも?」


 そう言うと、無崎は、彼女の額に手をあてて、ブツブツと何かを呟いた。


 その瞬間、ロキの視界からジオメトリが溶ける。


 ロキの輝く双眸(そうぼう)が、

 ただの、真っ赤な、泣き虫の目になった。


「脳細胞が少々死んだが、神経細胞ネットワークは、刺激を受け続けてさえいれば、永久に広がり続けていく。数奇な運命下にある私の傍(かたわ)らにいれば、貴様は、これまでよりも遥かに進化した存在になれるだろう。自慢ではないが、私の人生は劇的だ」


 無崎は、柔らかく微笑み、


「貴様は生きている。だから、これからだって、いくらでも愚痴る事ができる。恨みを口にできる。涙を流せる。そして、だから、いつか、きっと……前を向く事ができる」


 言葉が、ロキの中で溶けていく。

 とても久しぶりに触れた、

 溢れんばかりの優しさ。


 それは、とてもあったかくて、心がとろけそうで――


「今回の件で、貴様は一歩前に進めた。あいにく、私は貴様の仇ではないが、貴様の苦痛と悲鳴を、私は、確かに聞き届けた。ロキ……これまで、よく頑張ったな」


 そこで、無崎は、余っている手で、彼女の頭をクシャっと撫でて、


「確定していない未来を演算するのは難しいが、魂に刻まれた過去を覗くのは難しくない。それも、やり方を知っていればの話だがね」


 無崎はそう言うと、ロキの額に手をあてたまま、グっと奥歯をかみしめ、


「……パーフェクトゾーン」


 そう呟くと、無崎の頭の中に、ロキの過去が流れ込んでくる。


 サイコパスに家族が殺されるシーン。

 そのサイコパスが目の前で自殺するシーン。


 悪人の親玉に見初められ、それ以降の毎日が地獄だったシーン。魔女として生きた時間。恐れられた時間。苦しんだ時間。傷ついた時間。震えていた時間。眠れない時間。ただただ辛かった時間。目を閉じて、耳をふさいで、何もかも飲みこんで、『悪だ、悪だ』と喚いてボロボロの心を必死に守っていた時間。けれど、結局、本当に悪い事は出来なくて、誰一人殺すことができないことはもちろん、本当の意味で傷をつけることすらできなくて、自分は悪人なんだと、叫んで、それを証明するための行動をとることに固執して。いつも自分を止めてくれる夜城院に実は感謝したりして。いつしか、自分の全部がみえなくなって、そして、裏では、泣き虫な弱虫らしく、ひっそりと涙を零していただけの、空っぽの時間。


 そんなみっともない『全て』が、無崎の心に流れ込んでくる。

 彼――己の名前も忘れたイス人は、

 『彼女の記憶を、無崎朽矢と共有する事』に決めた。


 無崎の頭の中に、彼女の『痛み』を刻みこむ。

 イス人である『彼』は知的生命。

 つまり、心がある。


 『心』――きっと、時間よりも解析するのが難しい難題。

 実際、『彼』は、なぜ、

 ロキの記憶を無崎と共有しようと思ったのか、

 その理由を論理的に説明する事が出来ない。


「……ロキ」


 イス無崎は、闘っていた時の威圧的な態度とは対照的な、

 優しい声音で、


「貴様の痛みは消えない。時間は無情だから、本当の痛みだけは解決してくれない。ただただ闇雲に過ぎ去るだけの薄情者。貴様は、永遠に、その痛みを背負って生きていく」


 それを聞いて、ロキは奥歯をかみしめた。

 ボロボロな泣き虫。

 辛酸と苦痛をかみしめている顔。

 その心中は、まるで、

 産まれたばかりの、泣き叫んでいる赤子のよう。


「だが、貴様の目の前には、その真理を知っている者がいる。時間では解決できない痛みを共有できる者がいる」


 無崎は、ニコっと微笑み、


「忘れるな、ロキ。貴様と私の時間は重なっている。幸か不幸かは知らんが……その奇跡は事実だ」


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