第65話 絶死のアリア・ギアス。


「わたくしは『完全なる領域』に届いた。この世で唯一、魔王を倒せる絶対なる強者となった。く、くく、くくく……うふっ。極めて不本意ですが、今この時だけは、正義の象徴たる『勇者』の役割を担ってさしあげましょう」


 『己』の中へ深く潜っていくと、

 頭の中で、バチバチと火花が弾けた。


 脳内を駆け巡る電位の衝動が、

 イベントホライゾンを超えていく。


 臨界点に達したパルスの爆発が、

 彼女を縛っている鎖を引きちぎる。


 一瞬で、沸点まで到達する。

 蓋然性を超えていく。


 ――ロキは、辿り着いた。

 視界がマルチモニターとなり、数多の可能性が映る。


「処理しきれない情報によって、脳細胞がプチプチと磨り潰されているのが分かりますわ。わたくしの余命は残り五分ほど。うふふ……充分な時間ですわ。確実にあなたを殺せる! 未来を見通せる今ならば!」


 万能感に酔ってイキっている彼女に、

 イス無崎は、


「正確には五秒先まで、だがな。遠い未来まで完全に見通せるわけではない」


 ひどく、たんたんと、


「未来は諸行無常。全ては朧(おぼろ)なる幻夢。演算できるのは五秒先までが精々。もし、二十秒ほど先まで見通すことができていれば、貴様は、一秒たりとも笑ってなどいられなかっただろう」


「……どういう――っっ?! ひぃっ! なっ、なんで?!」


 未来を視て、悲鳴をあげるロキ。

 ――無崎はグっと奥歯をかみしめ、


「パーフェクトゾーン」


 宣言し、少し脳みそを高速で回転させるだけで、

 無崎の両眼に非対称性のジオメトリが浮かんだ。


 神々しく煌く双眸。

 五秒先を演算している瞳。


「一つ教えてやろう。極限まで進化した知的生命の目は、現在を超えた先をも見通せるようになる。補助なしで未来を視る為には、『億という時を重ねた果て』の『狂気に満ちた英知』が必要不可欠だがね」


「ぁ……ぁ……」


「貴様程度の、第五進化すら経ていない頭脳では、ほんの五分程度で頭の線が焼き切れてしまうが、私の場合はそうはならない。少々しんどいが、六時間は耐えられる。先ほども言ったが、ココの出来が違うからなぁ」


 右手の人差指で、トントンと、自分の頭をついて、


「もう、いい加減理解できただろう。貴様の時間は終わった。いや、最初から始まってさえいない。なぜなら、今は――私の時間だから」


 そう宣言したのが最後だった。


 無崎は、一瞬で間をつめると、Dバックのコックピットがある腹部にブレードを突き立てる。

 そして、無理やりハッチをこじあけると、

 左手で、ロキを引きずりだした。


 一瞬の出来事だった。

 ――その気になれば、戦いが始まった直後にも出来た圧勝。

 すべては、うたかたの児戯。


「ゲームセット。私の勝ちだ。いわゆる完全試合というヤツだな」


 ダイアモンドバックは粒子化し、

 『数時間は使い物にならない、ただのカード』になる。


 うなだれるロキ。

 その姿を見て、無崎はアストロを解除する。


 膝から崩れ落ちているロキは、頭を抱えて、


「……ひ、ひどすぎる……こんなの……ひどすぎる……」


「なにがだ?」


「わたしは……ただ……大好きな家族と、やさしい時間を過ごしたかっただけなのに……た、ただ、普通に……幸せになりたかっただけなのに……」


 ポロポロと涙を流し、


「返して……返してよ……ママとパパを返して……ルナを……返して……返してよぉ……わたしの家族を……返して……う、うぅ……あぁ……ああ……」


 嗚咽(おえつ)し、号泣し、崩れ落ちる。

 ――そんな彼女に、だから、無崎は言う。




「それが言いたかったんだろう?」




 送られた言葉が脳の奥で響いている。

 ロキはゴクっと息をのんだ。


 涙を流しながら、うなだれながら、

 しかし、その瞳は、しっかりと無崎を捉える。


「家族を返せ――貴様が本当に言いたかったのはそれだけだろう? 私と闘っている間、貴様は一度でも、悪だの世界だの口にしたか?」


「……」


「一つ教えてやる。本物の悪人は、自分を悪だとは言わない。『信じてもいない正義』を振りかざして世界を腐り散らかすクズを、定義上では、『悪人』と呼ぶのだ」


 無崎は、滔々(とうとう)と、


「家族を返せ。貴様がコスモゾーンに要求したがっているのは、結局の所それだけだ。下手に想いを飲み込んだりするから、歪(いびつ)に拗(こじ)れて無様にズレる。悪だの、世界だのと、意味のない御託(ごたく)を並べて揃(そろ)えて、晒(さら)したりするから、訳がわからなくなる。ただただ、盲目的に愚かしく――悪だ何だと喚(わめ)きたてるDQNになる」


「……だ、だって……恨みをぶつけるべき……直接の加害者は、もう……いな――」


「だから、貴様の仇を演じてやった」


「――っ?!」


「ようやく言えたな。ノドを枯らすほど叫べて、少しは、楽になれただろう?」


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