第64話 シャットアウトゾーン。
「で? 何が言いたい?」
「つまり、わたくしには勝てない」
涼やかに、そう宣言し、
「夜城院に使ったワンイニングゾーンとは質とレア度の格が違う、超希少な、『M機専用の使い捨てアイテム』なので、ここぞという時のために取っていました。そう。こんな時のために」
モニターの横にある挿入口に差し込んだ。
その瞬間、キィンと硬質な音がして、
視界に薄い灰色が混ざる。
世界の色が変わった。
「シャットアウトゾーン、起動」
そう宣言した瞬間、脳みそが高速回転を始める。
彼女の時間だけが圧縮されていく。
加速する灰色。
ダイアモンドバックが、『彼女の可能性』を解放した。
彼女の知覚以外の全てが超スローになる。
孤高の領域に至ったロキは、
己だけの時間を生きる。
「……ママ、パパ、ルナ……仇を……とるからね」
情報処理速度だけが異常なほど加速した時間の中、
ロキのダイアモンドバックだけが行動を始める。
無崎のアストロは動いていない。
無崎も、限りなく停止に近い『囚われた時間』の中にいる。
これならば、ヤツがいくら無敵の力を持っていようと勝てる。
――息の根を止められる。
「死ね……無崎ぃい!!」
ジャイロブレードを振り上げた――その時、
「――笑わせてくれる。この私を相手に時間の戦争をしかけるとは」
「なっっ!!」
「前にも一度言ったが……わきまえろ。貴様と私では、闘っているステージが違うのだ」
「ど、どうして動けるの?! そのMマシン以外の野究カードを持っていないのは事前に確認済み! な、なのに、なぜ、シャットアウトゾーンが使えるの?!」
「無知な貴様に講義をしてやろう。もともと、M機はシャットアウトゾーンが使える」
「……は?」
「使い方さえ知っていればな。拡張パッケージは、ハードの仮想化とリソースの管理を担い、利用効率を上げてくれる、まさしくOSのようなもの。あって便利なのは事実だが、使い方を知ってさえいれば、OSがなくとも、ハードの機体性能を充分に引き出すことも不可能ではない」
「なっ、なぜ……シャットアウトゾーンの使い方なんてモノを、そんな事を、どうして知って……な、なぜ、あなたは、そんな事まで知っているの……どうして……」
「――今は私の時間だから」
ニっと微笑み一言。
「それだけの話だ――」
圧倒される。
ロキは言葉を失った。
勝てるイメージが僅かも浮かばない。
相手は、人知を超えた化物の中の化物。
――しかし!
ならばぁ!
「わたくしも、極限を超えなければ……化物にならなくてはいけないという訳ですわね」
ボソっとそう呟くと、カードホルダーから一枚の野究カードを取り出す。
使い切りのシャットアウトゾーンは、既に役目を終えて消えてなくなっていた。
だがぁ!
切り札は、もう一枚、残っている!!
「無崎さん。ご存じでしょうか。トランプのカードは時間を現しているそうですわ。枚数が五十二枚なのは、一年が五十二周だから。一週間に五十二をかけて三百六十四。そこにジョーカーを足して一年。ならば、なぜ、ジョーカーは二枚あるのか。それは、閏(うるう)年を現しているからという話です」
「で? そのクソみたいなウンチクがなんだ?」
「閏年は、ズレを修正するための概念ですわ。つまり……『二枚目の切り札』が……世界の歪みを修正する!」
今度は、ダイアモンドバックに挿入するのではなく、自身のスキャナーに通した。
『これ』は、Mマシンの機能を補助するOSではなく、搭乗者である自分自身を化け物に変える強制覚醒機構。
ほんの数秒だけ加速できるワンイニングゾーンとは格が違う、真なる目覚め。
「わたくしの命をかけて、この狂った歪みを修正する。死んでも、テメェを殺す!」
息を吸って宣言。
「絶対に殺してやる! さあ、わたくしを解き放て! パーフェクトゾーン、起動!!」
ベータ波のフレア。
ロキの『アニマ』と『コスモ』が躍動する。
時間の加速が限界を超えて、
不確定な『今』を追い越していく。
『この瞬間(しゅんかん)』を越(こ)えて、認識だけが『それよりも先』へと進む。
インパルスが加速して、
いつしか拡散し、
遂には収束し、
……『今(現在)という空虚』を守っている『壁』を破壊する。
―――――キュィイイイイイイイイイイイイイイン!!!
限界を超えて圧縮されたギガロ粒子が、
コスモゾーンと結合し、
局所的に、光速と重なり合う。
爆発的なブレイクスルー。
プツンと弾けて混ざり合う。
解放される、知的生命の可能性。
「かっはぁぁあああああああああああああああ!!」
酸素中毒で、一瞬、頭がクラっとする。
脳脊髄液が暴れて叫ぶ。
超高分圧の酸素を吸い込んで開眼。
第16族元素が、彼女の血肉に染み渡る。
ロキの両眼に浮かぶ非対称性のジオメトリは、
運命論的な蓋然性とリンクした証。
異次元の檻を超えて、彼女の意識は、『ここではないどこか』のいずこかに到る。
――つまりは。
『コスモゾーン』に届いた。
人の身でありながら、彼女は、『コスモゾーン(名状しがたい宇宙の魂のようなもの)』と重なり合う。
神々しく輝く双眸(そうぼう)が可能性を殺す。
運命が、彼女の前に平伏(ひれふ)す。
「ふっ、ふははははは!! 見える!! 未来が! すべて!!」
頭の中がビジョンで満たされる。
五次元に届いた知覚。
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