第63話 ずっと最低な無崎くん。


 イス人は、『進化の閉塞状態』を打破するために、

 『種のコスモ』を、すべて彼――『10-104』に捧げると決断した。


 破格の天才である彼に、『種の願い』を託した、イスの大いなる種族。

 数百万を超えるフラグメントを吸収して、

 桁違いの長命を得た彼は、

 ずっと、独りで研究をしてきた。


「孤独の痛みは――」


 何億年もの間、たった一人で『時間の秘密』を解き明かそうと死力を尽くして研究をしてきた。

 ずっと、ずっと、ずっと、独りで生きてきた。

 だから、残された者の辛さは理解できる。

 『自分で捨てておきながら、何を言っている』と言われたらぐうの音も出ないのだが、しかし、そういう正論から目をそむけたくなるぐらい、『独り』というのは苦しいものだった。


 104は想う。

 孤高の痛みは、きっと、

 神様の次に理解できている、と。


「――知っている」


「も、もし、それが事実なら! どうして! どうして、わたくしから家族を奪った!」


 答えずに、無崎は、

 ダイアモンドバックを踏みつけていた足を上げ、ゆっくりと後ろに下がった。


 ロキは即座に体勢を整え、

 無防備なアストロの背中を睨みつける。


「答えろ、無崎ぃいい!」


「聞けば答えてくれるとでも? 私は貴様の親ではない。ふっ。……どうやら、随分と甘やかされて育ったらしい。親の顔が見たいな」


「く、くそがぁ……どこまでぇ……」


 ギリギリと奥歯をかみしめながら呪詛(じゅそ)を吐きつつも、

 心の中で、


(つ、強い……強すぎる……機体性能はほぼ同じなのに、全く歯がたたない。まともにやっていたら、絶対に勝てない……こ、こんな人間がいるなんて……わ、わたしより賢いとか、そんな次元じゃない。存在の格が違う。アレはまさしく人外……悔しいけれど、眩(まばゆ)く輝いてすら見える、狂気の暴風……くぅぅ……)


 彼女は認めた。

 まともにやって勝てる相手ではない。


 無崎朽矢の戦闘力が常軌を逸しているという事を、彼女はキチンと理解した。


(ふ、ふふ……できれば、わたくしの力だけで……『わたくしが積み重ねてきた実力だけ』でねじ伏せたかった所ですが、まあ、こうなっては仕方がありませんね。 誇りや意地なんかよりも、この男の絶命こそが最優先。無崎朽矢。ここからは、過程にツバを吐き、あなたの死という結果だけを重視させていただきますわ)


 そこで、ロキは、スゥっと深呼吸をして、


「うふふっ」


 と美しく微笑んだ。

 それは、覚悟を込めた者の笑み。

 優雅な微笑。


「ん? どうした? 何がおかしい?」


「素晴らしいですわ。流石は、大魔王・無崎朽矢。おみそれいたしました。あなたは強い。とてつもなく強い。完璧なカリスマ性。卓越した演算力。絶対の人心掌握術。そして、全てを凌駕した無敵の戦闘技能。――あなたは確かに王。命の支配者。まだまだ不完全なわたくしとは違う、完成された超人。最強で、無慈悲な、智謀の暴君」


「で? 何が言いたい?」


「しかし、数学的な力量差だけが勝敗を決める絶対的な要因ではない、という原始的で量子論的な宇宙の摂理というものを教えてさしあげましょう」


「そうか。楽しみだな。貴様にとっては絶望的なこの状況下で、一体、どうあがく?」


「目を見開いて、しっかりと、ご覧になって」


 そう言って、ロキは、一枚の野究カードをとりだした。


「これを、ご存じでしょうか?」


「拡張パッケージ・シャットアウトゾーン。Mマシンの性能を最大限発揮するための汎用野究カード。いわゆるゾーン系のアイテムだな」


 無崎の解答に、ロキはニコっと妖艶に微笑んで、


「流石ですわ。その不備が無い知識。もはや、驚きなどしませんが、やはり、心から感嘆してしまいます。……で? 無崎さんは、このアイテムをお持ちでしょうか?」


「いや、持ってはいない」


「でしょうね。事前に確認していますわ。ご存じでしょうけれど、汎用野究カードの中には、相手が所有している野究カードの詳細を盗み見る野究カードもございます。そして、わたくしは、それを有している。今のあなたは、縛りだか何だか存じませんが、現在駆っているそのM機以外の野究カードは持っていない。ご自身の力に酔うのは自由ですけれど、今回ばかりは少々己を過信しすぎましたわね。早計が過ぎるというか、見通しが甘いというか」


「で? 何が言いたい?」


「つまり、わたくしには勝てない」




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