第60話 おまちかねの時間。


 ロキと対峙する佐々波と上品。

 その激闘を、ビビって見ているだけの無崎。


 はた目には、不動で鎮座しているだけ。

 ――が、内心では心臓バクバクだった。


(あの人、ガチじゃん! ガチで俺らを殺そうとしている! ヤベぇよ、マジで! 何で、こんな事になった? 俺、いつ地雷踏んだの? 女の人って分かんねぇえ!)


 相手はMマシン。

 しかも、搭乗しているのは超特別待遇生徒・序列一位の超天才。


 二対一とはいえ、流石に押されてくる佐々波と上品。


(くっ……あのクソビッチ……このわずかな時間で、ナックルランチャーの周期性を見抜きやがった。ウゼェにも程があんぞ。初見殺し系は完全に封殺されちまう。カスが! ……流石は、唯一、ボクより上位につけている才女。ちっ……死ねばいいのに)


 佐々波は、初めて、ロキに対して『本気の畏怖(いふ)』を覚えた。

 実質的な基礎性能で『負けている』とは思わないが、

 間違いなく『圧勝はしていない』と認める。


(いくら、ナックルランチャーで最大値を出しても、流石に、機体性能差が大きすぎる。所詮、P機……ふ、ふん! けど、今、大事なのは、盾に使っている上品を潰す事。それだけ! この程度のミッション、ボクなら余裕でコンプリート出来るんだよぉお! ロキィ! てめぇを排除するのは、後日! 今できなくとも、いつか必ず消してやる! 無崎はボクの……ボクだけのオモチャだ! 絶対にてめぇらには渡さなぁぁい!)


「殺す、殺す、絶対に殺すぅううううう!! 佐々波! 上品!! どけぇええ!」


「っくぅ! ぁ! ゃ、やばっ!」


「あかん! 突破された! 無崎はん!」


 吹っ飛ばされる佐々波と、

 ロキを抑え切れなかった上品。


 ロキは、二人を無視して、無崎の元へとブーストを噴かせる。

 おぞましいほど合理的な蛇行。

 無数に設置されたバーニアに火を吹かせ、

 最速で無崎との距離をつめると、



「楽には殺さなぁぁい! ジワジワとなぶり殺しにしてやるぞぉお! ありとあらゆる苦痛を味わわせてやるぅぅ! 覚悟しておけぇえ!! 無崎ぃいい!!!」



 ジャイロブレードを捨てて、長い腕を一杯に伸ばし、握った拳を無崎に叩きつける。


「ぐぇ!!」


 死にはしないギリギリまで調整した拳。

 この一撃で殺したりはしない。

 そんな慈悲は与えない。


 無崎は、大型の車にはねられたように吹っ飛ばされた。

 ギガロ・バリアが一気に削られる。


 ゴロッ、ッッ、ゴロンッッ! と何度も地面にバウンドして、泥まみれになった。


 それを見て、佐々波が青い顔で叫ぶ。


「っ……無崎ぃいい! 大丈夫かぁ?! 死んでないだろうなぁああ?!」


 無崎の全身を駆け巡る衝撃。

 ギガロ・バリアが残っているので、

 痛みこそないが、気絶は免れない大事故。

 ゆえに――


「――無崎っっ! ……ぃ、生きてるっっ……ぁあ……よかっ……って、あれ? もしかして……おいおい、またか、無崎……」


 スクっと、優雅に立ち上がる。

 背筋がピンと伸びている無崎を見た佐々波は、


(はっ……もろもろ想定外……でも、まあ、いいか。『別人格の無崎』にロキを殺させるのも悪くない。上品は、後でボクが、夜城院でも使って、どうにかする。邪魔な女は、全員消す。誰一人残さない。必ず皆殺しにしてやる。――無崎。お前が依存する対象はボクだけでいい。お前は、ボクだけのオモチャ。それ以上でもそれ以下でもない)


 ニコっと微笑み、

 ロキに、


「おめでとうございます。ロキセンパイ」


 明らかに空気が変わった無崎の様子を見て、

 例の別人格が再出現した事を確信した佐々波は、

 黒い笑顔を浮かべて、


「センセーは、普段、己に多くの制限を課しているっす。いわゆる『縛り』ってヤツっすよ。喋る事を禁じているし、有効なアイテムの使用も禁止しているし、そのほかにも沢山、自分に縛りを課しているっす。そうしなければ、異次元レベルで頭が良すぎるし、無茶苦茶に強すぎるんで、生きるのが退屈になっちゃうんすよ」


 話を聞きながら、ロキは、後方に飛んで、ジャイロブレードを拾う。

 彼女も気づいた。

 無崎から放出されているオーラの変化。


 無崎に対し、最大級の警戒心を向けながら、

 佐々波の言葉に耳を傾ける。


「その縛りを解くのは、その気になって遊ぶに値するオモチャを見つけた時だけっす。縛りを解いたセンセーは無敵。ロキセンパイ……あなたは、センセーに遊び相手として認められた。センセーがその気になった。つまり……あなたは終わりって事っす」


 背筋の伸びた無崎は、土を払いながら、

 ゆっくりと、優雅に歩調を進め、



「――それでは、お待ちかね。ここからは……私の時間だ」



 そう宣言して、懐から一枚の野究カードを取り出した。


 『無崎・イス・朽矢』の大いなる時間が始まる。


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