第52話 王の前では、すべて児戯。


 ((言っただろ。俺こそが最強のマニアだって。センエースに対する愛情なら、この世の誰にも負けない。声優の顔は知らなくても、上品さんが喋ったセリフは、モブにあてた八十九文字分も含めて、一字一句違わずに全部言える。


(勉強に使えよ、その集中力。そうすれば、お前も超特待になれていたぞ……)


「なあ、佐々波。どうしたん? 無崎はんは何て言うてんの? ウチじゃあ、まだ、無崎はんの表情だけでは何を言っとんのか分からへんねんから、ちゃんと教えてぇや」


「……今からセンセーの運命力を披露するんで、黙って見ていて欲しいっす」


 すぐに心を切り替える佐々波。

 想定とは違うルートだが、『こっちの方が、より面白く、この場で膨らんでいる絶望を転がせられる』と、心中で黒く笑う。


「幸田センパイ。ちなみに、その問題、答えられたら、そっちはどうするんすか?」


「ぁん?」


「なんもなしってわけじゃないっすよね?」


「……ふん。答えてから言いやがれ」


「いや、答える前に確認するものだと思うんすけど」


「……ぅ……そ、それもそうだな……じゃ、じゃあ、そっちの言う事をなんでも聞いてやる。どうせ答えられる訳がねぇんだから」


「ほう。なんでもっすか?」


「なんでもだ! つぅか、どうでもいいから、さっさと答えろや! まあ、何の本かすら分からないこの状況では、絶対に無理だろうが――」


「センセーの御言葉を伝えるっす。その問題の答え……」


 そこで、佐々波はニタァアっと笑い、


「――俺は命の王。ゆえに敗北はありえない――」


「っ?!」


 幸田は、すぐに、手の中の本を開いて確認する。

 テキトーにページ数と行数を言っただけなので、

 佐々波のセリフが答えなのかどうかも知らない。


 上品を含む、他の超人たちも集まってきて、

 幸田が指定した行に目を向けた。


「あって……る……」


「ほんまや……えぇ、ウソやろ……なんでっ……」


 誰よりも驚いている上品を、小馬鹿にした目で見ている佐々波が、


「というわけで、センセーの完全勝利っすね」


「これ、どういうことなん? 佐々波。ちゃんと教えてぇや。いったい、何をやったん? こんなん、事前の打ち合わせでは聞いてへんで」


「上品センパイ。一応、センパイもセンセーの配下なんすから、みっともない姿は見せないでほしいものっすね。ていうか、そんなに驚くことっすか? たかが……」


 そこで、佐々波は、センパイたちの近くまで軽やかに歩いてゆき、


「この世界に存在する全ての書籍の、厚みや形状、そしてその内容を把握している程度の事が」


「「「「「「………………」」」」」」


「まあ、確かに、ボクには出来ないっす。でも、センセーにとっては大したことじゃない。それだけの話っすよ」


「な、なんなんだ、あいつは……あいつ……いったい、なんなんだよ? 答えろ、佐々波。あの男は……一体なんなんだ?!」


「センセーの御言葉を伝えるっす。――その問いと、先ほど貴様が口にした、『凡夫では答えられない三つの問い』に答えてやろう」


「ぁ? 何を……っっ???!! ま、まさか……」


「私は無崎朽矢。『野究カード』と『数多の異世界』を創造した神。つまりは、全てを超越した王」


「「「「「「……」」」」」」


「ゆえに、どんな時でも、どんな勝負でも、敗北はありえない。それが、真理だ」


 上品を含む全員の顔が鉛色になった。

 絶望の色は、いつだってニブい蒼。


 ――幸田が、プルプルと震えながら、


「ぉ、おい、ごら、佐々波ぃ。……最後に一つだけ答えろ。な、なんで……そいつほどのイカれた超人が、超特待どころか特待ですらねぇんだ? どうして、そいつはっ――」


「超特別待遇生徒・序列3位である、この万能天才・佐々波恋ともあろう超絶美少女が、この方を『先生』と崇め奉っている……その事実が全てを物語っていると思うんすけど?」


 やれやれと、右手で頭を抱え、

 心底からの呆れを含ませた表情で、

 二度ほど首をふってから、


「センセーとあんたらでは、根本的に立場が違うんすよ。『生徒(教わる立場)』と、『先生(教える立場)』。社会的に、常識的に、根本的に、『立場』はどちらが上っすか? ん?」


「「「「「……」」」」」


「センセーの肩書を、仮に『超特別待遇指導者』とでも表現すれば、少しは理解できるっすかね。所詮は与えられる側の、まだまだ未完成なクソガキでしかないあんたらとは、そもそもの立ち位置ってものが違うんすよ。超特別待遇……『生徒』? アホか。森羅万象を掌握している『グレートティーチャー無崎』が、他人から教わる事なんて何もない」


 他者を魅了する手品。

 心震えるような歌声。

 胸が踊る豊かな文章。

 打者を唸らせる剛球。

 世界を狙える幻の右。


 ――王の前では、すべて児戯。


「じゃあ、ボクらはこれで。あ、そうそう。言うまでもないっすけど、一応、センセーの御言葉を伝えておくっす。貴様らに下す命令は一つ。――目障りだから、ウロチョロするな。貴様ら程度は、相手にする価値すらない。私の前に立つ資格がない」


「「「……」」」


「あ、それと、あんたらの野究カードとか、別にいらないんで、渡してくれなくて結構っす。あんたら程度が入手できるクズカードなんか、センセーは一枚として必要としてないんすよ」


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