第50話 最後のレイズ。


「――幸田、降りよう」


 数秒の沈黙の末に、沢村は幸田にそう言った。


「なっ、何を言ってんだ! 俺は絵札のフルハだぞ! 絶対に勝てる! あんな、クソみたいな脅しに引いてどうす――」


「脅しじゃない」


「っ!」


「脅しに……見えるか?」


 言われて、幸田は、視線を無崎に向けてみる。

 台の上にいる佐々波から銃を頭につきつけられていながら、ピクリとも表情を変えていない。

 佐々波も佐々波で、自分自身を賭けられたというのに、余裕の表情でニタニタと笑っている。


 上品は、まるで啓蒙な信徒。

 己のすべてを賭していながら、無崎の勝利をわずかも疑っていない。

 とても演技とは思えなかった。

 演技にしては狂気がすぎる。


「あいつらの手が、こちらより上かどうかは問題じゃない。あいつらは……ハナから、結果がどうであれ、すべてを受け入れる覚悟を決めて、ここにきている」


「……みたいですね。奴隷になる覚悟も、死ぬ覚悟もできている。……勝てません。僕らの負けです。野究カードを取られるのは我慢できますが、奴隷にされたり殺されたりするのは絶対にイヤです。そんな覚悟は決められません」


「っ……ぁ、あいつら三人は! 確かに揃ってラリっていやがる! それは見れば解かる! だが、絶対に勝てる勝負を捨てて、五機のPマシンをやるってのか?! ふざけんな! Pマシンを手に入れるのに、どれだけ苦労したと思ってんだ!」


 と、幸田が吠えた所で、


「――レイズ」


「「「「?!」」」」


 さらなるレイズにギョっとしている超特待生たちに、

 佐々波は、たんたんと、


「センセーの御言葉を伝えるっす」


 空気を裂くように、ただ一言。




「――この世界を賭ける」




 誰もが黙った。

 幸田も流石に声を出す事が出来なかった。


(……『この世の全て』を……『自分の所有物』だと……言い切った……だと……)


 沢村は震えた。

 無崎の目を見つめる。

 無崎は、どこまでも不動だった。


 無崎朽矢という器に対し、初めて『恐怖以外の感情』を抱く。

 これは、畏怖と呼ぶのすらはばかられる衝動。


 どこまでも寡黙な鬼。

 無崎は、ここに来た時からずっとそうだが、

 ただ黙って、ジっと、ここではないどこか、

 ――遠い先、遙かなる高みの向こうを見据えている。


 『己こそが世界の王である』などと、

 とんでもない宣言をしていながら、

 その目には、何の揺らぎもなかった。


 どこか深い清廉(せいれん)さを感じさせる眼差し。

 確信に届いた相貌。

 認識にまで至った修羅の業。



 ――世界は、どうやら、彼のモノだったらしい――



 ウットリとしている上品の表情を見て、冗談やハッタリではないと把握した。


 頑なに一匹狼を貫いていた上品が、

 なぜ無崎についたのか、

 その理由が分かったような気がした。


「……フォールドだ……くそったれ」


 ギリギリと奥歯をかみしめながら机に額をおしつける。

 ブルブルと震えながら宣言する幸田。


 佐々波は微笑み、

 シンカーショットガンを野究カードに戻した。


「賢明な判断っすね、幸田センパイ」


 台から降りて、カードホルダーを腰に戻すと、

 無崎が握っていた五枚のトランプカードを受け取り、

 それを表向きで場に出した。



「「「「っ?!」」」」



 その結果を見て、誰もが愕然とした。

 ――沢村が、ボソっと、


「Aの……5カード……」


「た、ただのイカサマ……じゃ、ねぇか……クソがぁ」


「そこ重要っすか?」


「「……」」


「もし、重視するなら、言っておくっすけど、バレなきゃOKなんすよね? センセーは、最初にちゃんと確認していたはずっすけど?」


「……どうやった? 無崎はカードを受け取っただけだ。イカサマが出来る状況じゃなかった。俺はずっと無崎のカードを目で追っていた。すり替えるスキは絶対になかった。こいつは、赤羽に配られたカードのままだ……一体どうやって……」


「幸田センパイの手って、何でしたっけ? 忘れたんで、教えてくれないっすか?」


「あぁん?! だから、クイーンハイの……っっっ?!」


 幸田が投げつけたカード――絵札のフルハウスは、

 五枚とも、かわいい豚の絵に変わっていた。


「5カードじゃなくても、勝てたっすねぇ。センパイの手、ブタさんっすから」


「ぃ、いつのまに……」


「人の目を欺(あざむ)くのが上手いのは赤羽センパイだけじゃないってだけの話っすよ。あと、演技が上手いのも、数学の問題を解くのが上手いのも、人を殴るのが上手いのも、球を投げるのが上手いのも、小説を書くのが上手いのも、歌うのが上手いのも、別に、あんたらだけの特技じゃないってだけの話っす」


「「「「……」」」」


 佐々波の言葉は、暗に示していた。


 無崎朽矢は、その全てにおいて、

 貴様らを遙かに上回っている、と。


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