第49話 レイズ。


「佐々波、どうせなら、もう少し、リアリティのあるハッタリをしてくれ」


「う、う、ウソじゃないっすよ?」


「いくらなんでも、それに騙されはしないぞ。工藤並みじゃないか。あまり、僕らをナメてくれるな。上品の演技力を見習え。さすが元子役の現役声優。彼女からは、本気の驚愕しか伝わってこない」


「本気で驚いとるだけや。正直……信じられへんわ……こんなん……」


「そうそう。ボクらは、ただ、センセーの運命力に驚嘆しているだけっす。流石、センセー。こんな時に、これほどの役を引き当てるなんて。ちょーかっこいいー(棒)」


「上品に乗っかられてしまうと、本当に良い手がきたのか、ただのハッタリなのか分からなくなるな。……ロイフラじゃないにしても、フルハウスあたりがきたのか? うむ……まあ、いい。で、無崎くん。交換は?」


「じゃあ、二枚ほしいっす」


「交換するんかい! じゃあ絶対、ロイフラでもフルハウスでもねぇだろ! アホか!」


 反射的に叫んだ幸田に、

 佐々波はニタァっと笑って、


「ただの冗談っすよ。……このままでいいっす」


「なに? いいのかい、無崎くん」


 問いに、無崎は小さく頷いて答えた。


(交換しないという事は、確定でストレート以上……いや、まさか、本当にフルハウス? 厄介だな。こちらの手の中に絵札ハイのフルハウスがあれば安心できるんだが、ワンペアやツーペアばかりだと厳しい……どうだろうか)


「了解したわ……わたしは二枚変える。で、あなた達は? 交換する?」


 赤羽の言葉を聞き流しながら、沢村は、無崎の表情を凝視する。

 無崎の手を覗いている佐々波の表情も、抜かりなく読もうとする。


 沢村の勝負勘と豪運はズバ抜けている。

 沢村は、これまでに、幾度となく、甲子園という大きな舞台で、数多のスラッガーと、ヒリつく勝負をしてきたが、ここぞという場面で、沢村の球が前に飛んだ事は一度もない。


 それは、単純に球が速いというだけで達成できる偉業ではない。


 どんな時でも一定以上を維持できる破格の冷静さと、とても高校生とは思えない鋼の胆力が、場の空気を飲み込んで、大きな流れを掌握する。


 ――が、


(場が掴めない……空気が乱れている)


 沢村は、生まれて初めて、相手の空気に翻弄される。

 どんな時でも平伏させてきた『流れ』が、今はまったく見えない。


(無崎の顔を見ても何もわからない。本当に良い手が入ったのか? それとも……ん、ダメだ、まったく、わからない。その恐ろしい顔の奥に、どれほどの狂気が隠れているか、さっぱり読めない。……くぅっ。だ、だめだ。長くは見ていられない。本当に、なんて恐ろしい顔なんだ)


 恐怖に打ち勝ち、じっくりと観察してみれば、無崎がそれほどポーカーフェイスではないという事に気づけもしようが、常時ほとばしっている圧倒的な狂気が、それを許さない。


「交換は終わりね。で? もう、手札をオープンする?」


 赤羽の問いに、佐々波がニタァっと笑って答える。


「そっちは一番強い手を持っている人だけオープンしたらいいじゃないっすか?」


「くく……」


「ん? どうしたんすか、幸田センパイ」


「あれだけ凝視していたんだから、わかっていると思うが、イカサマはしてねぇぞ。普通に……俺の運が、このカードを引き込んだ」


 そう言って、幸田は、自身のカードを表向きでテーブルに叩きつけた。


「クイーンハイのフルハウスだ! はっはぁ!!」


「おやおや……」


「さあ! Mマシンをよこせぇ!」


「くくく」


「あん? 佐々波、てめぇ、なに笑ってんだ?」


「いやぁ、ただ、気が早すぎるんじゃないかなぁっと思っただけっす。ほんと、幸田センパイは、ポーカー力が低いっすねぇ」


「……ああ? 何をナメたこと――」


「レイズ」


 そう宣言して、佐々波は、

 自身が持つ最強の野究カードであるイーグルを場に出した。


「あ? おい、アホか。もうオープンしてんだろ」


「なに言ってんすか。そっちが勝手に手を見せてきただけっすよ」


「クソボケぇ! オープンするかどうか聞いたら返事したろ」


「一番強い手を持った人がオープンしたらいいのでは、と提案しただけっす。コールとは言っていないっすよ」


「そもそも、一発勝負だろぉが。どっちの手が強いか弱いか。それだけだ。クソがぁ」


「そうっすよ。ルールに則(のっと)った一回の勝負で決める。ポーカーでは、コールするかレイズするかフォールドするか決める権利を互いに持っている。イカサマ歓迎のゲームとはいえ、ポーカーのルールは守ってもらわないと。そういう約束っすから。で、さっき、ウチのセンセーはコールかフォールドか言ったっすか? ボクの耳には聞こえなかったんすけど。上品センパイはどうっすか?」


「ウチも聞いてへん」


「つーか、ここにきてから、無崎は、一言も喋ってねぇじゃねぇか」


「そう。センセーは何も言っていない。だから、レイズする。場に出ている以上の野究カードを賭ける。コールするなら、そっちにも同等のモノを賭けてもらうっす。とりあえず、プロ級武装野究カード全部くらいは賭けてもらわないと」


「……いい加減にしろよぉ、佐々波ぃ。調子に乗るのも大概に――」


「レイズ」


 さらにそう言って、佐々波は、自分のカードホルダーを場にドンっと置いた。


「ボクが持っている上級カードのほぼ全部。プロ級7枚と甲子園級12枚を賭けるっす」


 続いて、上品も自分のカードホルダーを場において、


「ウチも、持っとる上級カードを全部賭けたる。全部で25枚や」


「少なくとも、これと同じ数は賭けてもらうっす」


「……なるほどな。降ろしてぇのか。だが、俺は、絶対に降りねぇぞ。こっちは絵札のフルハウスなんだ。ポーカーはストレート以上の手ならほぼ確実に勝つ。あとは、どう駆け引きするかの勝負――」


「レイズ」


 そう言うと、佐々波は、ピョンっと台の上に乗った。


「な、何してんだ、てめぇ」


「センセーの御言葉を伝えるっす。――佐々波を賭ける。そっちが勝ったら、佐々波を好きにしていい。部下にするのも性奴隷にするのもご自由に」


 その発言に、その場にいた全員が固まった。

 誰も何も言えない。


「副賞としてウチもつけたるわ」


 そう言って、上品も台の上に乗る。

 ポーカーを冒涜しているようにも見えるが、

 逆に神聖視しているようにも見える異様な光景。


 誰も何も言えない、その異質な空間を、佐々波の追撃が襲う。

 たたみかけるように、


「レイズ」


 そこで、佐々波は、『谷間に隠していた一枚の野究カード』を取り出し、スキャナーに通す。

 高出力のシンカーショットガン。

 その銃口を、無崎の頭に向けて、


「センセーの御言葉を伝えるっす」


 ニタァっと微笑み、


「――命をかける」


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