第33話 無崎くんは、ウザすぎる。


「まさか、センセー、高一にもなって、まだ、友達なんて空想を信じているんすか? まったく、いつまでガキでいるつもりなんだか」


 ((友達という概念そのものを、根こそぎファンタジー扱いとは、流石っすね。


「ふふ」


 と、つい、笑ってしまった佐々波。

 そんな自分にハっとして、


(――っ)


 羞恥心から、ギュっと奥歯をかみしめる。

 気付かない間に、『いつもの尖ったニタニタ笑い』が、『ヌルいニヤニヤ笑い』に変わっていた。

 他人では、誰も気づけない程度の微妙な変化だが、佐々波は、そんな、ゆるい笑顔を浮かべてしまった自分が許せなかった。


 だから、もっと、もっと強く、奥歯をギュっと噛みしめ、


(ああ、ウザい! ほんと、無崎、バカすぎ! 死ね! 無崎、死ねぇ!)


 心に喝(かつ)を入れ、短く深呼吸をしていると、


 ((ぉい、佐々波、お前、マジで、なんか顔色悪くない? 本当に大丈夫?


 そんな表情を浮かべながら、佐々波の額に手を当てる無崎。


 無崎の手の温もりを感じた佐々波。

 一瞬、意識が遠のきかけたが、


「――っ」


 すぐに、ハっと、己を取り戻し、


「ざっけんなぁああっ!!」


 無崎の手を弾き飛ばしながら叫ぶ。


 ((ぇ……ぁの……佐々波……?


「ぁ……」


 すぐに我に返った佐々波は、


「じょ、女子の体に気やすく触るとか、センセー、何を考えてんすか。余裕で書類送検されるレベルっすよ。センセーの顔面偏差値を考えると死刑もあり得る大罪っす」


 ((ちょっと額に触れるだけで死刑になる顔面偏差値って、すごいな、俺の顔面。どうなっているんだか。てか、今の時代、そんな、大胆なルッキズム差別は、いかがなものかと思うところがなきにしもあらず。


 などと、ごちゃごちゃ、一言もしゃべらずにほざいている無崎。

 と、そこで、佐々波の対応に疲れたのか、フラっとよろけて、


 ((おっと……いかん。眠気が爆発してきた。とりあえず、俺も寝る。


 という表情を浮かべながら、空いているベッドに寝転がる無崎に、


「センセー、10万払うなら、添い寝してあげてもいいっすよ」


 ((高ぇ……ってほどでもないのか? 女子高生が添い寝してくれる相場が分からんから、どうツッコむのが正解か悩むな。


「いくら払えば、女子高生に肉棒を突っ込めるか考えている鬼畜が隣のベッドに……」


 ((脚色やめてくれる? 誰かに聞かれたら、俺のアレコレが色々と終わっちゃうから。


「仕方がない。5万でいいっす。いやぁ、センセー、超ラッキーっすねぇ。いいなぁ。こんな超美少女がたったの5万で5秒も添い寝してくれるなんて」


 ((驚きの短さ。5秒で5万は、流石に、単位がジンバブエドルじゃないと不可能な領域。むしり取り方に明確な殺気が滲(にじ)んでいる天文学的な悪意。ささいな欲望に負けたが最後、人生が終わるパターン……って、ぅわ、来るな、来るな、来るな!


 無崎の抵抗を無視して、ベッドに潜り込んでくる佐々波。


「1……2……3……」


 ((その地獄へのカウントダウンを今すぐやめるんだ! ってか、冗談でも、女子高生が、男子高校生が寝ているベッドに忍び込んで来るんじゃねぇ。こんな所を教師に見られたら停学どころじゃ済ま――


 ――ガラガラッ


 その時、無慈悲にもドアが開いた。


 無崎の血の気が一気に引いた。

 顔面蒼白(はた目にはほとんど変わらないが)。


 そんな無崎と、ニタニタ笑っている佐々波を視界に捉えた女生徒――上品は、


「……ぁっ」


 ピタっと固まる。

 雑味のない『桃色な光景』に、思考が停止する。


「こんちゃーっす、上品センパーイ。遅かったっすねぇ」


 ((ぁあ、良かった。教師じゃなかった。こんな決定的が過ぎるシーンを教師に見られたら大変な事になって――って、憧れている上品さんに、言い訳が難しいエゲつねぇ所を見られたぁああ!! 好意を持ってもらうどころか、ヤベぇヤツ認定されちまうぅうう! うぁああああああああああああああ!!


 内心は壊滅的なフルパニックに陥っているが、はた目には、威風堂々としているようにしか見えない、いつも通りの不動な無崎。

 ――幸か不幸か、どんな時でも感情が表面には出ない無崎の、

 『外見だけはドッシリとした態度』を目の当たりにした上品は、


(明らかに不純な逢引(あいび)きの様子を見られていながら、眉ひとつ動かさへんやなんて……ホンマに、どんな時でもクールで泰然(たいぜん)としとるなぁ……慌てとるこっちがアホみたいや……)


「なんすか、上品センパイ。ジロジロと見てきて。若い男女が仲睦(なかむつ)まじく、互いの肌を寄せ合っている様子が、そんなに珍しいっすか?」


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