第34話 世界征服。
「なんすか、上品センパイ。ジロジロと見てきて。若い男女が仲睦まじく互いの肌を寄せ合っている様子が、そんなに珍しいっすか?」
そう言いながら、無崎の胸に抱きついて、頬をスリスリする佐々波。
その度を越したスキンシップに、無崎の思春期がプツンと弾けた。
((さ、さざ、さ、佐々波、おまっ、ほんっ、マッ、何っ――
心中ですら発動する精神性の吃音(きつおん)。
動揺の暴走。
けれど、素人目に映る無崎は、
相変わらず超然と威風堂々。
「べ、別に……ジロジロとなんか見てへんし。……そ、それより、なんの用やねん。ウチに話があるとか何とか――」
「センセーの最終目的を、まだ、上品センパイに言っていなかったなぁっと気付いたので、キチンと言っておかないとなぁっと思って」
上品は、
「……っ」
わずかに感じた疎外感(そがいかん)を飲み込んで、
「ほな、正式に聞かせてもらうわ。……ウチが属することになった、無崎朽矢という王を主軸とした、この『輝く狂乱』は、具体的に何をするチームなん?」
「世界征服っす」
佐々波は、無崎のベッドから降りながら、サラっとそう言った。
ふいをつかれた上品は、ゴクっと息をのむ。
こめかみに冷や汗が浮かんだ。
(ほ、本気で……この世界を……この世のすべてを、その手に治めよぉ言うん?)
征服には、『征伐して服従させる』という以外にも、もう一つ意味がある。
ソレは、『困難を成し遂げる』。
(世界をねじ伏せる。ありとあらゆる意味で、完璧に平定してみせる。自分にはそれが可能である……と、これは、そういう宣言……それだけの大言壮語を、よくもまあ、あれだけ堂々と言えるもの……いったい、どういうメンタルをしとんのか……)
上品は奥歯を噛みしめた。
あまりにも強く噛みすぎて、わずかに歯がかけた。
(無崎朽矢は、『世界の重さ』が理解できんような阿呆やない。つまり、無崎はんは……)
理解が感情に追いつく。
ゆえに、脳が沸々と煮えていく。
(王という孤高、深淵……人間というバケモノの『業』を全て背負い、乱世の最果てで踊る覚悟。何も見えない暗闇の中……先頭に立ち、誰も迷わぬよう、『輝く道標』になろうと……)
今も無言の無崎。
一言も語らず黙している不撓不屈(ふとうふくつ)の瞳。
それは、『遥か遠く』を見据えている不退転(ふたいてん)の視線。
雑多な言葉はいらぬ。
飾ったセリフなど不要。
答えが欲しいのなら私の背中を見るがいい。
大きく書いているだろう?
――ここが世界の中心だ――
これぞ、王の煌(きらめ)き。
超越者の証明。
『人類という種全体の未来を見据(みす)えている』――ようにしか見えない、無口な王様の視線がわずかに動く。
佐々波の目を見つめ、
((ぉいおい、佐々波。世界征服って……何だよ、その、『頭の痛い小学生の作文』みたいなボケ。もっと、こう、コクと深みのある、キレ味鋭いボケをよこせよ。
呑気に、そんなメッセージを送った。
佐々波は、場の空気を読んで、無崎の文句をシカトする。
彼女はいつだって、無崎にとって不利益になるように全力を尽くす。
ちなみに、『無崎の心情を完全に取り違えている上品』は、
「世界征服……『国境による軋轢(あつれき)』と『人種による諍(いさか)い』を完全に淘汰(とうた)した『統一世界』を本気で目指すやなんて……は、はは」
なんとも清々しい、雲一つない蒼天のような、晴れ晴れとした笑顔を浮かべて、
「分かった」
頷いた。
その瞳も、遙か先を見据える。
本物の覚悟が決まった。
――地平線の向こうが見えた気がした――
錯覚?
そうだな。
かもしれない。
けれど、だとしても、だから何だ?
仮に、この歓喜(かんき)が、勘違いや虚像だったとして、
それが立ち止まる理由になるのか?
「ほなら、この世界の、あます事ない全てを、無崎朽矢の支配下に置くとしよぉか」
脳が震えるほどの万能感に酔いしれながら、
上品は、ハッキリと宣言した。
それを聞いて、無崎は、
(ノリいいな、上品さん。同じチームになったからって、別に、佐々波のアホに合わせる必要はないんだけど……)
呑気に、心の中で、ブツブツと、
(てか、どうでもいいけど、世界征服って、具体的に何をすれば、達成とみなされるんだろ。イマイチ定義が分からないよなぁ。今、200くらいある国があるけど、それを全部統合して、一つの国にして、そこの大統領にでもなれば達成? ……ぅわぁ、想像するだけでもクッソ面倒くせぇ。そんなもん、ただの学級委員長の究極版じゃねぇか。絶対になりたくないんですけどー)
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