第30話 無崎くんは、常にヤバすぎる。


「上品! 無崎に加担するなど、お前は何を考えているんだ! ふざけるな!」


 いつもの中庭に上品を呼び出した夜城院は、

 彼女の姿を見つけるや否や、

 真っ赤になって叫んだ。


「そうするべきやと思ったから。――それだけの話やけど?」


「オレの敵になると……そう言うんだな?」


「誰も、そんなこと言うてへん。ただ、あんたと違って、無崎はんやったら、ウチを、理想の未来まで連れていってくれるような気がした。それだけのこっちゃ」


「言っておくが、オレは必ず無崎を潰す。その邪魔をするヤツも必ず潰す。考え直すなら、今しかないぞ、上品」


「……やめときぃ」


「あぁ?!」


「絶対に無理やて。誰も、無崎はんには勝てん」


「アレの凶悪さは充分に認識出来ている。アレとの戦争は、かつてないほど熾烈(しれつ)な死闘になるだろう。だが、オレだってM機を持っている。アッサリとやられはしない。作戦を練って、状況を整えれば、これまでロキを止めてきたように、あいつも――」


「せやから、そういう次元やないねんなぁ……桁が違うねんて。確かに、あんたは強い。少なくとも、ウチよりは強い。ガチタイマンすれば絶対にウチが負ける」


「そうだな。純粋な一対一でオレがお前に負ける事はあり得ない」


「ただし、それは、まともにやった場合の話。作戦を練って状況を整えれば、ウチがあんたに勝てる可能性は充分にある。あんた相手に『どうあがいても勝てん』とは一ナノたりとも思わへん」


 そこで、上品は真摯な目で、夜城院の顔をジっと見つめ


「――けど、無崎はんには、何をしても勝てる気がせぇへん」


「……」


 夜城院は息をのんだ。

 理解できたから。

 ――上品は本音を語っている。


 無崎には何をしても勝てない。


(この顔……牽制のハッタリでも、狡猾な計算でもない。ただの事実を口にしている……)


 どうやら、自分と無崎の間には、辟易(へきえき)するほどの絶大な差があるらしい。


「夜城院。分(ぶん)を弁(わきま)えぇ。――この世には存在する。ウチらみたいな『天才』程度では話にもならん、人という枠・領域を遥かに逸脱した、本物の、神がかった超人が」


 『もう言う事はない』とばかりに、上品は夜城院に背を向けて歩き出した。


 その背中を睨みながら、夜城院は、奥歯をかみしめ、必死に己を鼓舞するように、


「たとえ、どれだけ絶望的であろうと、オレは絶対に屈しない。悪は栄えない。絶対に栄えさせない。この世界には! この! オレが! いるから!」



 ★



 ――翌日の三限目。

 無崎が所属する教室内は、異質な空気に包まれていた。


「ぐぉおおお……ぬごぉおおお」


 どでかいイビキをかいているバカが一人。

 腕を組み、背もたれに体重を預け、天を仰ぎ、

 どでかい鼻提灯をプカプカさせるというアホ丸出しのメソッド。


「すげぇな。無崎クラスともなると、居眠り一つとってもスタンスから違う」


「怪獣みたいなイビキだな。本当に、人間の体から出ている音か? ちょっと、教室、震えてね?」


「何よりビビるのは、あんだけの爆音で、豪快に授業を邪魔しているのに、あの『授業中の態度の悪さには断固とした姿勢を見せる』ことでお馴染み、数学教諭山田が、完全に知らん顔している点だな」


「まあ、無崎に注意できる教師なんざいねぇわなぁ」


 その時、パチンと、鼻提灯(はなちょうちん)が割れた。

 教師を含め、その場にいた全員が体をビクっとさせる。


 ――目を覚ました無崎は、


(うぉおお、やべぇ、完全に寝てた……うわ、ヨダレすげぇ。恥ずっ)


 ソデで口元を拭きながら、開き切らない目をコシコシしつつ、


(いやぁ、しかし、今回の二十六巻、ヤバかったなぁ。読むのがやめられなくて、普通に徹夜しちゃったよ。――んー、んー、おっと、なんか、すげぇノドかわいた。居眠りした後って、なんで、こんなにノドがかわくんだろうねぇ。不思議だねぇ)


 呑気に、心の中でそんな事を呟きながら、

 カバンから『銀のスキットル』を取り出す無崎。


(小三の時、佐々波から貰ったこの水筒。見た目がカッチョ良くて気に入ったから、ずっと使っているけど、量が入らないのが難点なんだよなぁ)


 スキットルを傾ける無崎に、

 周囲の者は、ギョっとした目を向けている。


「おい、あれ、確かウィスキーとかウォッカとか入れるヤツだよな?」


「常軌を逸したドヤンキーだとは思っていたけれど、まさか、あそこまでだなんて……」


「ついに、授業中だろうがなんのそので高濃度アルコールを摂取しだしたか」


「しかし、なんて違和感のない光景なんだ……」


「葉巻をくわえていないのが逆に不自然なくらいだぜ」


「今に、ペルシャ猫を膝の上において優雅に撫でだすんだろうな」


「見ろよ。さっきまでこっちを向いて授業をしていた山田が、唐突に、視線を黒板へと釘づけにしだしたぜ」


「私は見ていませんから当然注意もしませんという露骨なアピールか」


 ゴクゴクと酒を飲みだした無崎に恐れ慄いている教師とクラスメイト達。


 混沌としている空間。

 ――もちろん、無崎のスキットルに入っているのは薄いポカリなのだが、そんな事、周囲の人間に分かるはずもなし。


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