第27話 無崎の衝撃は、とどまることを知らない。


 接吻(せっぷん)の衝動に撃ち抜かれ、

 ビキッと脳死硬直している無崎。


 そんなバカに背を向けた佐々波は、

 スキップで上品の目の前まで近づき、

 彼女の耳元で、


「上品センパイ。どうすか、『ボクのセンセー』……凄くないっすか?」


 『ボクのセンセー』という箇所に過剰なアクセントをつけつつ、強烈なマウントをかましていく佐々波。

 その勝ち誇ったような声音と表情を見て、上品の心がグワっと熱くなった。


「あんたらは、その……やっぱり、そういう関係なん?」


「んー? そういう関係ってどういう事っすか? ボク、頭が悪いから、具体的に言ってくれないと分かんないっすねぇ」


 上品は目をそらし、『なぜだか妙に重くなっている口』を開く。


「……無崎はんとは……恋人関係なんか?」


「言葉なんかでボクらの関係を表現するのは難しいっすねぇ。そういう、おままごとな次元とは、また違うステージにいるっていうか? もっと、こう、なんていうか……『長年連れ添った老夫婦でも届かない領域』……みたいな?」


 止まらないマウンティング。

 これは、ただの攻撃ではなく牽制でもある。

 『自分のものだから、手を出そうとするな』

 『あんたにはワンチャンもないから、変な希望を持つなよ、このクソドリーマーが』

 そういう牽制。


 佐々波は、

 心底から誇らしげにニタァと笑って、


「さて、それじゃあ、センセー。いつも通り、仲睦(なかむつ)まじく一緒に帰ろうじゃないっすか」


 と、トドメの一撃をかました。

 普通なら、これで相手は死ぬ。


 しかし、上品のドリーマーっぷりは、佐々波の想定の範囲外だった。


「――待てや、佐々波」


 決意のこもった声。

 佐々波は、鬱陶しそうな顔で、


「ん? なんすか? もうあんたに用は――」


「……入ったる」


「はぁ?」


「あんたの……無崎はんのチームに入る」


(ぁ……げっ……そう言えば……そんなおちょくり方をしていたっけ……やばっ)


「よろしく、無崎はん。今日から、ウチは、無崎はんのチームの一員やから」


 そう宣言した。

 射抜くような瞳。


(この女、マジか……ぃやいや、邪魔、邪魔、邪魔! だるい、だるい、だるい!)


 ――もちろん、その間、無崎は、ずっと無言を貫いている。

 そして、その、『全て』を見通しているような、

 荘厳かつ鋭利な表情のまま、

 佐々波にチラリと視線を向け、


 ((もうマジで、何一つ分からんって! なんで、上品さんは、唐突に、俺たちのチームに入りたいとか言ってんの? 『一から十』どころか、『ゼロから無限』まで謎すぎて、ほんと、パニックなんだけど! ていうか、佐々波、お前、さっき、俺に、き、き、キスとかしたの、あれ、なんだよ。お前、何考えて、っていうか、そもそも、俺のファーストキスを奪うとか、何してんだよ、大体、お前的にいいのか? 俺達は友達であって、そんでもって、つまりは、あれな訳で、えっと、その、だから、ってか、つまり――


「了解っす」


 『無崎の訴え』をスパっと無視した佐々波は、

 上品に、


「センセーの御言葉を伝えるっす。――いらない。ザコは必要ない。消えろ。失せろ。爆ぜろ。無能なビッチはゴーホーム。という事らしいっす。残念!」


「……それ、明らかに、おどれの感情やろ。……無崎はんは、そんな事を言うような人やない」


「つ、ついさっき、センセーの本質を知ったばかりのトーシロが、なにを知ったような口きいて――」


 などと、やかましく騒(さわ)ぐ佐々波を無視して、

 上品は、無崎に視線を戻し、


「ウチは力になれる……頼むわ、無崎はん」


「だからぁ!! ボクのセンセーは、あなたなんて必要ないと――」


「無崎はんに聞いとんねん。おどれは黙っとれや、クソ一年坊」


「……くっ」


「無崎はん。ウチを、チームに入れてほしい」


 まっすぐな目でそう言われて、

 無崎は、『訳もわからないまま』、

 彼女の勢いにおされて、

 つい、考え無しに、コクっと小さく頷いた。


「……ちっ!!」


 佐々波は鬱陶しそうに舌を打ち、


(無崎のボケがっ! 上品の気迫に負けて、訳も分からんまま頷きやがった、くそったれ。こういう時は、とりあえず首を横に振ってればいいんだよ、クソバカ! ちぃ……糞がぁ……くぅ、しゃーない。こうなったら、上品を消すための方法を考えるしかない。……ふ、ふん。なぁに、このボクなら、あんな脳内お花畑の一匹や二匹、簡単に叩き潰せる)


 佐々波は深呼吸をして、未来を演算してから、


(ああで……こうで……だから……よし、いける!)


 思考は即座に解を見つける。造作もない。


(無崎に近づく女は一人残らず排除してやる。無崎の横にいる美少女はボクだけでいい)


 爆発する独占欲。まるで核分裂のような強欲。この日、この瞬間に、佐々波の中でわずかに残っていた『他人を思いやる心』が完全に消滅した。


(くくく……それじゃあ、さっそく、ロキと夜城院をたきつけようか。まずはチーム名が必要だな。深読みしてしまいそうな、全方位に害意たっぷりの名前……)


 さらに一秒ほど考えてから、佐々波は、上品の目を見て、ニコっと微笑み、


「よかったっすね。どうやら、ボクのセンセーは、上品センパイの、その諦めない姿勢をお認めになられたようっす。おめでとうございます。ようこそ、上品センパイ。世界最強にして無上の闘手チーム『輝く狂乱』へ」


 ((ぇ? いつ、チーム名決まったの?! ていうか、その名前、なんか物騒! ぁ、いや、そんな事より、まずは俺の話を聞けぇええ!




 ★




 『闘手ランキング』の評価基準は、主に、野究カードの所持枚数と、所有している野究カードの性能――そして、闘手自身の総合スペック。


 ちなみに、ランキングをつけているのは、汎用野究カードの一つであり、闘手サイトを運営している『選究眼』。

 人の手が加わっておらず、事実のみを抽出して評価点数をつけるので、信用性は抜群。


 その闘手ランキングに、この日、大きな変動が起こった。


 数日前、一年生の佐々波恋が個人ランキングで2位になった時も、闘手達は皆、一様に驚愕をあらわにしたが、今回の衝撃はその比ではなかった。




 『チームランキング一位 輝く狂乱』

 『個人ランキング一位  無崎朽矢』


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