第25話 私はいいけど、MUZAKIがなんていうかな。
小学生の時、佐々波は、ロリコンの体育教師に犯されかけた事がある。
当時の佐々波は、まだ、素手による殺人術をマスターしていなかった。
おまけに、そのロリコン教師は、『かつて水泳でオリンピックを目指していたほど』の、『体格だけで言えば、高校生無崎』にも劣らないほどの大柄で屈強なスポーツマン。
筋力差的に、当然、純粋な腕力勝負で勝てる訳がなかった。
数奇にも無崎は、その緊急事態を目の当たりにする。
無崎特有の、奇天烈極まりない偶然の連鎖が産んだ奇跡。
経緯はともかく、そのとんでもエマージェンシーに遭遇した無崎の頭は一瞬で沸騰した。
後先考えずに飛び出して、無崎は、ロリコン教師のわき腹に彫刻刀をつきたてた。
あの時、無崎は、『自暴自棄になったロリコン』にカッターで抵抗され、顔面や腕にいくつもの大きな傷ができた――が、それでも、無崎は、わずかも怯まなかった。
流血に濡れて怒り猛る無崎に、その教師は、心底から怯えていた。
小学生の時から、無崎の顔面は終わっていた。
――しかし、高校生になって成熟した今と比べれば、まだかわいいものだった。
それに、体もまだ完成していなかった。
ギリギリ、ロリコン教師の方が体格では上回っていた。
ゆえに、ロリコン教師は、無崎に抵抗することができた。
それも、ただの抵抗ではなかった。
『極限の恐怖』と『命の危機』を前に、リミッターが外れたのだ。
火事場の馬鹿力の臨界点。
ブチブチと、限界を超えてちぎれる毛細血管。
それでも止まらないカルシウムイオンの流入。
命を燃やした人外の怪力。
それでも届かない、小学生無崎のフルパワー。
最終的に、無崎に頭を掴まれて、そのまま床に顔面を叩きつけられ気絶してしまったロリコン。
ギリギリ生きていたが、額が割れて、脳に大きな障害を残すことになった。
キレて暴走した無崎は、相手の頭を割るだけではなく、ロリコンの下半身を、かかとで踏みつぶした。
二度と性犯罪ができない体になったロリコン。
社会倫理的な視点では、明らかにやりすぎだったが、
各方面からの圧力が働いて、無崎は、おとがめなしに終わった。
――黙って立っているだけでも恐すぎる無崎の狂った怒号。
その恐怖は、直視すれば精神が崩壊しかねない修羅の狂走。
だが、当時の佐々波は、その鬼神と化した無崎に微塵も恐怖心を抱かなかった。
(魚もさばけないどころか、アリ一匹殺せないクソヘタレのくせに……)
ジャイアントのゲロビが放たれる一瞬――そんな美しい走馬灯の中で、佐々波は、つい、ほほ笑んでしまった。
と同時に右目から零(こぼ)れる涙。
『悲しくて流す雫』じゃない。
死ぬ瞬間に思い出せる顔がある。
それが、なんだか嬉しかった。
自分の人生には意味があった……なんて、そんな気持ち悪い事を思った。
殺し、奪い、穢(けが)し、腐り、道化(どうけ)てきた。
コミカルなメモリが佐々波の中で溶ける。
無崎と重なっていた日々、その残滓(ざんし)だけがキラキラと眩(まぶ)しくて。
――信じられないよね。でも、生まれて良かったとさえ思ったんだ――
――あんなしょうもない男に、ボクは、なぜ、抱きつきたくなるのかな――
トクンと心臓が跳ねる『温かい疑問』の中で、
佐々波はニっと笑った。
「じゃあねぇ、無崎……」
小さく、そう呟いた、
その一瞬後、
――ドガツンッッ
装甲が砕ける音が空間に響いた。
神鋼(しんこう)の陽炎。
佐々波のイーグルに損傷は見られず。
切り裂かれた絶望は、絢爛(けんらん)な六華。
影向(やうが)う百花繚乱(ひゃっかりょうらん)。
そこには、ジャイアントの横面(よこっつら)に拳を叩きこんでいる、幽玄(ゆうげん)たる銀河の化身が一機。
言祝(ことほ)がずにはいられない、烈々たる九泉の鬼羅。
――空蝉(うつせみ)な瞳を燃やす、狂乱の千本桜。
ぁあ、いとおかし。
『彫刻刀を振り回していたヘタレ』の『暴走』と重なった、咲き乱れる暴力の花鳥風月。
「……無崎……」
「――佐々波恋。貴様は死なない」
無崎の言葉に体が震えた。
頭が痺れる。
心の叫びがやかましい。
「私は構わないが、しかし無崎が、それを良しとしない」
「……センセー、いつからYAZAWAになったんすか」
「黙って寝ていろ。ここからは――」
不敵に笑う無崎。
どこまでも優美に、
「――私の時間だ」
宣言すると同時に、無崎が駆るアストロは、空間を跳躍した。
まるで次元との調和。
――イス無崎の時間は終わらない。
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