第22話 いにしえの少女漫画コンボ。


 よどみなく階段を上がっている『イス無崎』の背中に、

 我慢しきれなくなった佐々波が、


「センセー、大丈夫っすか?」


「何がだ?」


「何がって……いろいろ。まず、なんで、普通に喋ってんすか? せっかくのセンセーのキャラが死んじゃってるんすけど」


「そんな下らない事を言っている場合か? 今は、『ジャイアントをどうにかしなければ死ぬしかない』という危機的状況だぞ?」


(てめぇら的にはそうでも、ボクは『イーグル』のPマシンを持っているから、いつでも飛んで逃げられるんだよ。つぅか、マジで、なんだ、こいつの態度。無崎ごときが、さっきから、ずっと、くっそエラっそうに……ガチでイライラしてきた)


「ん……想定よりも上品のスペックが低いな……」


 チラっと目線を下に向けると、

 上品のタイガーが無人ジャイアントと闘っている。


 P機とM機では機体差がありすぎるせいで、

 上品は、さっそく劣性におちいっていた。


「あのままでは一分と持たずに死ぬ。佐々波、サポートしてこい」


 その直線的な命令を受けると、

 佐々波は、グワっと顔面を怒色に染めて、


「ぉおい、調子にのるな、無崎ぃい! いい加減にしろぉ!」


 巻き舌。

 いつもの口調が崩れる。

 激昂のあまり歪む表情。

 彼女のプライドの高さは、実のところ天井知らず。


「さっきから、誰に口をきいてんだ。てめぇごときがボクに命令してんじゃ――」


 ドン!! 


 と、衝撃波を感じるほどの壁ドンをかますイス無崎。 


 イス無崎の顔が目と鼻の先。


 あまりにも急な出来事。

 佐々波は、ガラにもなく戸惑いを見せる。


「な……なにを……」


 動揺している佐々波に、

 イス無崎はニっと乾いた笑顔を向けて、


「佐々波恋」


 子宮を震わすほどの超低音ボイスで、そうささやくと、

 彼女の顎をクイっと上げて、


「――っっ!」


 イス無崎は、少女マンガの俺様主人公ばりの鮮やかさで、佐々波の唇を奪った。


 あまりに唐突な出来事に、佐々波の頭は本格的なパニック状態に陥る。


(な、な、な、な、なんだ? 本当にどうなっている? 何しているんだ、こいつ……)


 狼狽が萌(も)ゆる3秒後、

 イス無崎は、スっと距離を取り、


「……任せたぞ」


 そう言いながら、佐々波の頭を、

 一度だけクシャっと雑になでる。


「……」


 言葉を失う佐々波。

 ――イス無崎は、そんな呆けている佐々波が着ているジャケットのポケットに手を伸ばし、彼女が予備で用意していたスキャナーを奪うと、


「これは、借りておく」


 簡素な言葉だけを残して階段を上っていく。


 その背中を、2秒ほど睨みつけていた佐々波だったが、


「……ち、ちぃいっ!!」


 心底不快そうに舌を打ってから、

 カードホルダーに手を伸ばした。


「――パシフィックPマシン イーグル・マキュウクローザー/ナックルランチャー搭載機 登板準備開始」


 ワシをモチーフとした、数少ない、飛行形態に変形できる急襲タイプのPマシン。

 背中から大きな翼(フライユニット)が生えた二足歩行の翼人形態がデフォだが、イーグルスタイルに変形する事で、超高速飛行が可能となる極めて特殊なピッチングマシン。


 その起動音を背中に感じながら、

 イス無崎は優雅な足取りで階段を上がっていく。


 カツン、カツン、

 と、無機質な音が響き渡る。

 優雅に漂う独りの時間。


 ――数秒で階段を登り終えたイス無崎は、最後の扉を開けて中に入った。

 扉が開く音は、ギィィっと妙に鈍い。

 後ろ手に扉を閉めると、深い静寂に包まれた。

 キーンと耳鳴りがする。


 何もない広い空間の中央に、仮面をつけた一人の男が立っていた。


「よくぞここまできた。挑戦者よ。私はスカイタワー・メジャーのガーディアン。これから貴様に問題を出す。私の試練を乗り越えたあかつきには、Mマシンを与えよう。問一、2以上の整数nで『(2^n+1)/n^2』が整数となるものを全て――」


「解は3のみだ。証明は省くぞ」


「―――ぐふっ!!」


 一瞬で間をつめると、イス無崎は、

 問に答えつつ、右腕でガーディアンの心臓部を貫いた。


 『魚もサバけない』と言っていた男の手は、

 今、ドロリとした緑の血に濡れている。


 そして、その指は、一枚の野究カードを掴んでいた。


「メジャー級ピッチングマシン『アストロ・ソッキュウクローザー/MAX230ギロ』。確かに頂戴した」


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