第21話 今は私の時間だから。


 佐々波が知っている無崎という男は、愚図でヘタレなチ○カス野郎。

 決して、今のように、堂々と胸を張り、他者を先導して歩くような男ではない。


(上品を庇(かば)ったあの瞬間までは、間違いなくいつもの無崎だった。昔から、このアホは、頭が沸騰した時だけ半端ない行動力を見せる事があった。だから、あの瞬間までは、間違いなく、ボクが知っている無崎だったと断言できる。だが、今のこいつは……)


 道化の擬人化とも言える、愚鈍(ぐどん)なマリオネット。

 そのくせ、ガチの『いざ』という時だけ、爆発的な行動力を見せる、装飾過多なウザピエロ。

 ――それが無崎朽矢という、無自覚なコメディアン。


(ボクには分かる。今のこいつは無崎じゃない。少なくとも、普段の無崎ではない。……まさか、このバカ、ボッチをこじらせ過ぎて、『解離性障害(かいりせいしょうがい)』にでもなったか? 『多重人格が発症する主な原因』はストレスとトラウマだから、根がドヘタレでクソ臆病なこのバカの場合、発症する可能性は比較的高い……)


 佐々波が悩んでいる間、イス無崎は一秒たりとも足を止めなかった。


 ヒョイヒョイと、呑気な擬音が飛び交うサルサ。

 まるでTASさんのマーチ。


 立ちふさがる『あまたの罠』は、退屈なだけの不条理な戯曲。

 かすり傷を待(ま)ちながら、上へ上へと進んでいく三人の足取りは、さながら、学芸会のメトロノーム。


 ――そして、あっという間に辿り着いた、159階。


「は、ハンパないな……なんで、こんなアッサリと上へ進むことができんの? ウチが見たところ、ここまでに、『数えることすら億劫(おっくう)になるほど無数の罠』があったはずやけど、なんで、あんたは一つも引っかからずに――」


「今は、私の時間だから」


 切り捨てるような返答。

 背中で語ってくる。

 それは、濃密で重厚なメッセージ。


 ――私がここにいる。それ以外の解が必要か?


(これが、無崎朽矢……ヤッバいなぁ、何モンやねん……てか、超カッコえぇんやけど)


 このわずかな時間で、上品の『無崎朽矢に対する意識』は『陶酔(とうすい)』の域にまで達していた。

 真なるカリスマ。

 王の領域。

 神の次元。


 戦場において、最も輝く『男の魅力』は、『顔面の造形』ではない。

 命の鉄火場では、いかに目鼻立ちが整っていようと無意味。

 頼りになるのは屈強な肉体と鋼のメンタル。

 それだけ。


 ――ゆえに、


(出会えた……)


 上品は理解した。


(……この人は、『不完全なウチ』とは違う、本物の指導者……)


 上品の目は、キラキラとしていた。

 心が沸き立つ。

 ドキドキする。

 女性としての本能をワシ掴みにされる。


 上品は、これまで、ずっと、

 『いるはずがない』と思って生きてきた。

 もっと踏み込んだことを言えば、

 『男なんて、どいつもこいつも使えないクソでしかない』と思って生きてきた。


(救世主なんて、夢物語でしかないと思っとった。せやから、自分がやるしかないと、今まで、必死に、無理して気張ってきた……けど……)


 目の前にいる。

 実は求めてやまなかった『ジョーカー(最強の切札)』。

 切望していた道標(先駆者)。


(この人についていけば……あるいは、理想の未来に――)



 ――と、その時、下から駆動音が聞こえた。

 何かが階段を昇ってきている音。



「!! さ……さっきのMマシン?! くそ、もう復活したんか! 160階まで、もうちょいやったのに!」


 ――上品は、今までずっと、手前(てめぇ)の頭で考えて生きてきた。

 これまで、ずっと、自分の足で歩いてきた。

 『自分がやるしかない!』を、心の柱にくくりつけて、駆け抜けてきた。

 そんな傷だらけのバーサーカー。


 だけれど、なのに、上品は、気付けば、反射的に叫んでいた。


「無崎はん! どうすんの?!」


 上品は託(たく)した。

 『命がかかっている局面で、他人の判断を仰ぐ』など、これまでの上品ではありえなかったが、ほとんど反射的に、上品は無崎の指示を欲していた。


(5分55秒で復活。159階に向かう階段途中で追いつかれる。秒単位で計算通り)


 ――イス無崎は、


「……上品」


 顔を向ける事もなく、


「2分稼げ」


 ――『外したスキャナー』を、瀟洒(しょうしゃ)に放り投げながら、命令を下す。


 一度も振り向かないまま、カンカンと小気味よく音をたてて階段を上がっていくイス無崎と、それに追従する佐々波。


 二人の背中を見送りながら、

 上品は、


「……了解や」


 躊躇ない首肯と同時、

 カードホルダーから、一枚の野究カードを取り出した。

 それは、他の野究カードと比べ、キンキラが際立つ豪華な一枚。


 究極の兵器『ピッチングマシン』の野究カード。



「セントラルPマシン タイガー・ギコウクローザー/170ギロ 登板準備開始」



 そう宣言しながらスキャナーへと通すと、

 その瞬間、上品を中心として、巨大なジオメトリが展開される。

 そして、どこからか聞こえる。


 『――タイガー、登板準備完了』


 起動開始の合図が宣言されると同時、地面に描かれたジオメトリから、無数の『ギガロ粒子を放出しているパーツ』が、噴火したマグマのようにドワっと湧き上がってきた。

 ガチャガチャガチャッと、上品の体を閉じ込めるように組みたてられていく。


 二秒とかからず、上品の体は、全長三メートルほどの殺戮兵器の中に収まった。


 タイガーは、まんま虎をモチーフにした四足歩行スタイルの戦闘マシン。

 背中に三本のドロップバルカンを背負い、口にジャイロブレードをくわえている。

 被弾ポイントの少ない、スマートなフォルム。

 高速の肉食獣らしい、軽やかな殺意。


「2分……絶対に稼いだる」


 拡張追跡モニターに映る『豪速で近づいてくるジャイアント』を睨みつけ、


「行くぞ、ボケごらぁ!」


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