第20話 華麗なるイス無崎。


「おしゃべりの時間は終了。ここからは、お遊戯の時間だ」


 そう宣言すると同時に、ストレートブレードを肩にかつぎ、ライフルの銃口をMマシンに向けるイス無崎。


「まずはセンサーにダメージを負ってもらおうか」


 トリガーを引くと、圧縮されたギガロ粒子の弾丸がMマシンを襲った。


 信じられないほどの弾速と威力。


(……な、なんや……ぁ、あの威力……ただのプロ級スライダーライフルやのに、Mマシンの『スペシャルブレイキングウェポン』並みの火力……)


 ズガンッッと、センサー部に高速の弾丸を受け、Mマシンは一瞬フラついたが、すぐに体勢を立て直し、


『害意あるメジャー級の攻撃を確認。全力で対象を排除せよ』


 Mマシンは搭載されている全てのスペシャルブレイキングウェポンの銃口を無崎に向け、容赦なくその引き金を引いた。

 ――吹き荒れる、圧縮されたギガロ粒子のスコール。


 けれど、イス無崎の歩調は、どこまでも優雅。

 スルスルと、すべての弾丸を華麗に回避する。


「な、なんで、当たらへんの……どないなってんねん……」


 彼女の疑問を耳にした無崎は、ニっと微笑み、


「ジャイアントのAIは酷く単純な脳筋ループ。シンプルで不具合に強い、汎用性の高いCPU。だが、熱感知収束センサーに15%以上の損傷を負っている今、ターゲット位置判定に、わずかだがヒステリシスを持つようになった。銃口補正の角度にズレが生じるならば、あとは、弾速とリロード時間を計算するだけで、安全地帯はいくらでもみつかる」


 気楽にそう言った直後、イス無崎は『望んでいた距離』を確保。

 タイミングも完璧。


 Mマシンの全ての武装がリロード時間に入る、

 ――わずか三秒のチャンス。


 イス無崎は足に力を込め、全速の低姿勢で距離をつめると、Mマシンの脚部、その付け根に、疑似・高速スライダーライフルの銃口を押しつけ、最大出力のゲロビをゼロ距離で叩きこむ。


 ドゴォオオッ!


 と、豪快な破壊の爆音が響く。

 Mマシンは脚部に、『ほんの30秒で修復可能な程度』のダメージを負った。

 それとは対照的に、スライダーライフルは、木っ端微塵に大破する。


 砕けたスライダーライフルの破片はカード状に戻って、巣に帰る鳥のように、上品のホルダーへと収まった。

 数時間は使えなくなるペナルティの発生――が問題はない。


「終わりではないぞ」


 言うと、イス無崎は、Mマシンの破損部分に、ストレートブレードをブチ込んだ。


 出血のように、Mマシンの脚部から高濃度のギガロ粒子が噴出されたが、やはり、その一撃も、大したダメージが通っているようには思えない。


 だが、イス無崎は、一仕事終えた顔で、Mマシンに背を向け、すたすたと歩き始めた。


「ま、まだ戦闘中やのに、なんで、敵に背中を見せてんねん! その程度の攻撃やと、まだまだMマシンは死なへんやろ!」


「当たり前だ」


 言いながら、イス無崎は、道中に張られている『明らかにワナと思われる赤外線センサー』に右手でサっと触れた。


「なっ、なんで、ワナを自らぁ?!」


 ビー、ビーという警戒音がフロア中に響く。

 その、過剰に危機感を駆り立てるサイレンを聞き流しながら、

 イス無崎は、ゆっくりと歩きつつ、


「8……7……6……」


 コンマ数秒の狂いもないカウントダウン。


 極端なほど冷静なイス無崎の背後で、Mマシンは体勢を立て直していた。


 まだ、脚部の破損は完全に修復されていないし、ストレートブレードもブチ刺さったままだが、修復モードに移行する程の状態異常ではない。


 プシュゥウ!!


 と、頭部の左右から煙を吐き、ギチギチと駆動音をあげながら、ジャイロブレードを片手に、イス無崎の元へ、『いざ切り殺さん』とばかりに突撃してきた。


 ――が、


 ガクンッ!


 その途中で、脚部のジョイント部分にささっているストレートブレードのせいで、わずかに脚がもつれる。

 その際の衝撃でストレートブレードはへし折れたので、もはや、何の障害でもなくなった、

 が、


「2……1……ゼロ」


 そこで、イス無崎のカウントダウンが終わった。

 と、同時。


 ――ズガンッッ!!


 と、『地面から飛び出してきた高出力ハイスピンジャイロブレード』が、Mマシンの腹部を貫いた。


 その、時間差で発動するワナの一撃は、

 決してシカトできるダメージではなかったようで、


『甚大な破損を確認。集中修復モードに移行します』


 イス無崎は、そんなMマシンの様子に一瞥(いちべつ)をくれる事もなく、


「再稼働まで5分55秒。ギリギリ160階までたどり着ける時間だ」


 そこで、上品と佐々波の二人それぞれに視線を送り、


「ついてこい。まだ、私の時間は終わっていない」


 言うと、イス無崎は、ピンと伸びた美しい姿勢のままで先を行く。


 その大きな背中の、なんと頼もしい事か。


「――ちょっ」


 上品は、その背中を追いかけながら、


「さ、さっきの、もしかして、全部計算したん? ワナのディレイタイムから、Mマシンがコケる位置まで全部? そ、そんなワケないよな?」


「ただの空間ベクトルと因数分解がそんなに珍しいか?」


「ぅ、ウソやろ……」


 唖然とする上品。


 ――その隣を歩いている佐々波は、

 心の中で、


(なんだ? これは、一体、どういう状況だ? まったく意味が分からん。無崎のやつ……いつもと違って、背筋も、なんか、無駄にピンとしとるし……それに……)


 少し足を速め、イス無崎の隣を確保すると、その横顔をうかがいながら、


(……なんでだ……表情から、感情が全く読めない)


 『具体的に言いたい事』は、伝えようとしてくれないと流石に理解できない。

 けれど、しかし、感情の媒介変数(パラメータ)程度ならば目視で解せる自信がある。


 焦っているか、喜んでいるか、ムカついているか。

 ――その程度なら、顔を見るだけでも分かる。

 それが……『それだけ』が佐々波の自慢。


 しかし、今は何もわからない。

 無崎は完全なるポーカーフェイスを貫いている。


(……こいつ、本当に無崎か?)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る