第14話 疑心暗鬼に質量が生じる、虚像の翻訳。
ついに暗号を解読した上品里桜は、『スカイタワー・メジャーの151階』を慎重に探索していた。
(モンスターはおらんみたいやなぁ……けど、トラップが多い……)
151階は、赤外線センサーが張り巡らされている、とてつもなく広いワンフロア。
例えるなら、『トル〇コのモンスターハウス』のモンスターなしバージョン。
難易度の高いローグ系RPG並みに、フロア内のあちこちにトラップが設置されていて、なかなか、奥に見えている『上へと続く階段』まで辿り着けない。
(頂上は160階で、ここから先、エレベーターは使えん……Mマシンを入手するまで、まだ時間がかかりそうやなぁ……ちっ、現時点で所有しとる野究カードだけやと心もとないから、さっさとMマシンを手に入れたいんやけど……)
あの時、屋上から自分を見下ろしていた魔王の顔を思い出す。
無崎朽矢。
とても高校一年生とは思えないイカれた顔面をしたヤクザ。
常に『深淵』を睨んでいるような、酷くおぞましい相貌(そうぼう)。
思い浮かべるだけでも体が震えた。
(絶対にMマシンを手にいれたる。そんで、生き残って、いつか、この世界を買うんや)
また発見したトラップを解除しようと、腰にセットしているカードホルダーに手を伸ばす。
ワナ抜け用のアイテムが封印されている『汎用野究カード』を取り出し、手首に巻いている腕輪型のスキャナーに通す。
すると、『野究カード』が粒子化して、彼女の手の中に、アーク溶接棒のような物体となって納まった。
慎重にワナを解除しようと腰を落とした、
……と、その時、
――チーン!
エレベーターが開く音がして、
上品はバっと振り返る。
反射的に、カードホルダーへと手が伸びた。
放り捨てた『アーク棒のような何か』は、一瞬で粒子化し、野究カード状態に戻ると、自動的にカードホルダーの中へと戻る。
「ぅ、嘘やろぉ?! まさか、ウチ以外にも暗号を解読したヤツが……くっ、誰や……『沢村』? 『龍名』? いや、あいつらは間違いなく天才やけど、数学は得意やない。『あの難易度の問題』は絶対に解かれへん。……ま、まさか、ロキ?! 可能性があるとすれば、あいつくらい……くっ」
ブツブツ言いながら、取り出した一枚の野究カードをスキャナーに通すと、上品の手の中に、ギガロ粒子を放出している『刀身が真黒な日本刀』が収められる。
上品が愛用しているプロ級武装野究カード『147ギロのムービングファストブレード』。不規則なギガロ粒子の奔流が特徴的な、『ギガロ・バリアフィールドの破壊力』に特化したストレートブレード。
――エレベーターを睨みつけ、黒刀を構える上品の目に映ったのは一組の男女。
片方は、ニタニタした笑みと抜群のスタイル、そして眩いばかりの銀髪ツインテールが特徴的な美少女。
もう一方は、極悪で凶悪なワイルドオーラを纏っている常闇の覇鬼。
(佐々波と無崎?! 最っ悪や! まさか、あいつらも暗号を解読したやなんて……くっっそぉ! つぅか、あいつら、入学から今日までの、たった一か月弱でアレを解いたんか? どんだけ頭ええねん! このウチでさえ八カ月もかかったんやぞ! くそがぁ! と、とにかく、やつらにMマシンを奪われるんだけは阻止せんと……あいつらがMマシンを入手してもうたら、いよいよ対抗手段がのうなる!)
心臓がドクンと跳ねた。
思わず、ギリっと奥歯をかみしめる。
冷汗が流れていった。
「んー、あ、いたいた。うぃーっす、上品セーンパーイ!」
ニタニタと薄気味悪い笑顔でそう声をかけてくる小悪魔。
その横では、重たい無言を貫いたまま、
『地獄の修羅』を彷彿(ほうふつ)とさせる『苛烈(かれつ)な睨み』を向けてくる魔王。
上品は思わず、一歩うしろに引いてしまった。
恐怖に包まれる。
心が壊れそうになる。
(ち、近くで見たら……ホンマ、なんつぅ迫力……こ、怖ぁ……)
無崎の常軌を逸した顔面による恐怖。
魂ごと支配されそうになる。
泣きそうになった。
しかし、寸での所で、自分をいさめて、
「……さ、佐々波。ここには、何をしにきたん?」
「ナニって、野究カードを取りに来たに決まってんじゃないすか。Mマシンを駆(か)るのがボクの夢だったんすよねぇ」
想像通りの最悪な状況に、つい顔をゆがめる上品。
「まあ、ここにきた理由は、それだけじゃないっすけどねぇ。くく」
そう言うと、『ニチャっとした黒い笑み』を浮かべて、
「麗しき上品センパイに会いに来たんすよ」
「ウチに? ……な、何の用や」
そこで、佐々波は無崎に視線を向けた。
無崎も佐々波に視線を向けている。
佐々波は、無崎の耳元に口を寄せ、
『上品には聞こえない小さな声』で、
「センセー。人間関係は最初の印象が一番大事っす。さあ、さっき練習した最高の笑顔を、いざ、ご披露ターイム」
((わ、わかった。やってみる。
無崎は、一度頷くと、視線を上品に向けて、
「……っっ!!」
ギニャァアアアっと、
歪(いびつ)に嗤(わら)ってみせた。
捕食者(プレデター)の笑み。
悪魔の嘲笑(ちょうしょう)。
その様は、まるで、無間地獄をそのまま描いた闇の芸術。
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