第12話 いざ、異世界へ冒険の旅。


 ――そこは、摩天楼だった。

 立ち並ぶビルの群れ。

 そして、『ここ』は、そのビルの間にある薄暗い路地裏。

 上を見れば、青く透き通った空。


 目の前には行き交う無数の人々。

 背後には謎の出入り口である黒い壁。


「センセー、ようこそ、Mワールドへ」


 ((??? こ、これは一体……えぇ……


 と、分かりやすく『狼狽(ろうばい)(あくまでも佐々波にとっては。はた目には不動)』している無崎。


 ――掃除ロッカーの中に入ったら、コンクリートジャングルの路地裏に辿り着きました。

 そんな、理解できる訳がない奇怪な状況。


 ――オロオロしている無崎に、

 佐々波は、淡々と、


「ここは、Mワールドと呼ばれている、現代風ファンタジーが売りの異世界っす」


 ((あぁ?


「ほかにも創世学園には、いくつか、異世界へとつながっている扉があって、今発見されているのは全部で五つっすね」


 リトル世界「東京都程度の大きさしかなく、人が存在しない、原始の世界」

 シニア世界「北海道くらいの広さがある、石槍や石オノがメインで獣と闘う弥生時代」

 甲子園界「西日本と同じ面積の、妖怪と陰陽師が跋扈する平安時代」

 プロワールド「日本と全く同じ形状の、銃と悪魔が中心の大正ロマン風の世界」

 メジャーワールド「アメリカ大陸と同じ大きさを誇り、総人口が十億を超えている、現代風ファンタジーが売りの世界」



「センセー」



 佐々波は、ニコっと微笑み、


「改めまして、ようこそ! 欲望と絶望が渦巻く『闘手』の世界へ!」


 ((……


「おや? 闘手って何? っていう顔をしないんすね。情報処理が追いつかなくなって、ついに思考放棄っすか?」


 数秒ほど逡巡してから、無崎は、


 ((……と、闘手って何?


「このボクのように、異世界に隠されている野究カードを追い求める探究者の事っすよ」


「やきゅ……ぁぁど……」


 思わず口に出してしまう。

 久しぶりに声をだしたので、喉が開かなかったが。


「センセー、本当に喋るの苦手なんすね。確か、精神的吃音とかなんとか? はは、マジで、声、割れすぎ。顔が見えない電話とかだと、絶対に、何も通じないと思うっす」


 ニタニタと笑っている佐々波。


 無崎は、佐々波から視線を外し、

 困惑顔を浮かべながら、心の中で、


(野究カード……Mワールド……闘手……それって……俺が夢の中で考えていたゲームのシステムじゃないか……)


 必死に頭をまわす。


(どういう事? ……え? さっぱり意味が分からんのだけど。これは、もう、デジャブとかって次元じゃないよな? まさかとは思うけど、俺が考えたシステムが、現実になっているって事? いやいやいや、そんなアホな話……)


 『混乱を隠しきれずオロオロ動揺している無崎』の横顔を見ながら、

 佐々波は、


(流石に、『明確な意思』を、こちらに伝えようとしてくれないと、リーディングはできないな。このバカ、何を考えているんだろう。ただオロオロしているだけ? いや、違う。『何か』は考えている……でも、この状況で、こいつに何を考えることがあるという?)


 あらためていうが、佐々波は『テレパシー』を会得している訳ではない。


 無崎が、佐々波に『何か』を伝えようとする時、他の人間には決して分からないが、無崎の表情は幽(かす)かに動いている。そして、若干だが、口がモニュモニュと動いている。


 わずかな『表情の機微(きび)』を、正確に汲(く)み取る『卓越した洞察力』と、達人の域に達している読唇術、そして、『無崎朽矢を理解したいという情念』があって、はじめて、無崎の伝えたい事を察することができる。


 ――無崎は、心の中で、


(もし……仮に、俺の妄想が現実になっているとしたら……本当に、この世界に野究カードがあるとしたら……さ、最悪じゃねぇか……か、関わりたくねぇ……)


 しんどそうに溜息をつく。

 顔が歪む。

 想像しただけでもしんどくなってくる。


 彼は、見た目こそ、『狂気にまみれたヤクザの一等賞』だが、

 思想の観点では、ただの、どこにでもいるヘタレ小僧。

 『学園異能バトル』を実際に体験したいとは一ミリたりとも思っていない。

 『そういう世界に生きる者』に『一定以上の憧れ』は抱くが、

 『自分もその世界に飛び込みたい』と思ったことは一度もない。


 そういう『異変』にはいっさい関わらず、

 『平穏にサブカルを楽しむだけの人生』を過ごしたい。


 それが無崎の人生における基本スタンス。

 ようするに、凡人である。

 凡人で結構。

 しんどい思いや、怖い想いをするぐらいなら、

 一般人として、退屈な生き方をする方が1000倍マシ。


(ゲームだったらいいけど、現実に野究カードなんかあったら、危険でしょうがねぇ。カード状にして持ち運べる凶悪な殺戮兵器……ま、マジで、冗談じゃねぇ)


「センセー」


 佐々波に声をかけられ、無崎は、いったん考えるのをやめて、その視線を彼女に向ける。


「考え込んじゃって、どうしたんすか? ちゃんと力になるんで、何でも相談してほしいっす。言うまでもない事っすけど、ボクはセンセーの味方なんすから」


「……」


 無崎は、数秒悩んだ。

 頭が悪いので、即座に考えがまとまらないのである。


(俺の妄想が現実になっている……なんて言われたら、いくら寛容な佐々波でも、俺の事を、頭のイカれたヤバいヤツだと認定して距離を置いてしまうかも。それに、もし、本当に俺の妄想が現実になっているのだとすれば、俺は、この世界に、とんでもない兵器を具現化させた最低の悪魔って事にもなる……最低だ。せっかく再会できた佐々波を失うのは怖い……唯一の友達をなくすのは絶対にイヤだ。でも、隠したら、真摯に相手をしてくれている彼女を裏切る事になるかもしれない……どうしたらいいんだ……素直に白状するべきか? 黙っているべきか? ……どっちが正解なんだろう……)


 悩んでいると、


「センセー、悩む必要なんてないっすよ。ボクは、何があろうと、絶対にセンセーの味方っすから。だから、ボクとセンセーの間に隠し事はなし。いいっすね?」


「……さざぁみ」


 ボソっと声を出す無崎に、佐々波は、


「だから、ほら」


 ギュっと抱きついた。

 豊かなおっぱいがポヨンと跳ねて、無崎の脳漿(のうしょう)が飛び散る。


「なっ?! さっ……さざ……なっっ」


 真っ赤になって困惑する無崎に、トドメとばかりに、


「落ち着いて。なにか言いたい事があるなら、全部、隠さずに言ってほしいっす」


 スっと離れて、無崎の目を、上目遣いにジっと見つめてくる佐々波。

 この期(ご)におよんで、無崎は、彼女に『性』を感じない。

 今の無崎が、彼女に感じているのは母性である姉性。


 ――無崎は、『沸騰しそうになる頭』をどうにか抑えながら、


 ((じ、実は……

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