第10話 正直、どっちもバカです。
佐々波は小学生の時、ずっと無崎と同じクラスだった。
今と同じように、周囲の面々は『無崎の顔面にビビっていた』が、『ほかの誰も真似できないレベルのイカれた特殊技能を持つ天才・佐々波』だけは、彼の内面が『ただのヘタレだ』と気づいたので、内面と外見の違いを利用して遊んでいた。
具体的に何をしたかと言えば、先ほどのように、無崎が『もっと周囲から恐れられるようなアドバイス』ばかりをした。
『周囲の評価』と『無崎が自身に下している評価』に大きな齟齬(そご)が生じている原因の『ほぼ九割』は彼女にある。
あとの一割は無崎がバカだから。
佐々波は、事あるごとに、『センセーの顔は可愛い系』『目がクリンとしていて小動物的』などと噴飯(ふんぱん)モノの大嘘をついて無崎を洗脳してきた。
『ありとあらゆるスペック』が凶悪に高い万能超人・佐々波恋の手によって、幼少期から、巧みなマインドコントロール・刷り込みを受けた無崎は、鏡を見ようがどうしようが、自分の顔が怖いとは思えなくなってしまった。
醜悪な洗脳。
それはすなわち、徹底した『依存』の強制。
無崎が佐々波に依存しているのは、
『無崎が無様だから』という理由だけではない。
佐々波の徹底的な依存教育の結果、無崎は、周りが自分の顔を見て悲鳴を上げようと、命乞いしようと、失禁しようと、その原因が『己の顔が怖いからだ』とは絶対に思わなくなった。
自分の顔面に恐れおののいている者を目の当たりにしても、
無崎は、
『? なんで、そんな、ホラー映画を見ているような顔をしているの? 俺の背後に何か見えているの? なんか、俺も怖いんだけど』
としか思わない。
「で、センセー、こんな人気(ひとけ)のない屋上で何をしてたんすか? オナニーっすか?」
((花も恥じらう女子高生が、そんな、ド直球の下ネタとか言わないの。めっ。
という、たしなめの表情を向けてくる無崎に、
「なに言ってんすか、センセー。女の頭の中にはエロい事しか詰まってないんすよ。性欲をいかに満たすか、良い男の棒をいかに愛(め)でるか。それだけが女の頭にある全てっす」
((俺の幻想をブチ殺すのはそこまでだ。
という非難の表情を浮かべた無崎に、
「センセー、女に幻想を抱いても、いい事なんて何もないっすよ。実際、ボクくらいの年頃の女なんて、彼氏とヤル事しか考えていないんすから」
((ぇえ……聞きたくなかったなぁ。もしかして、あの美人さんもそうなのかなぁ。
という、ションボリとした表情をする無崎を見て、
「おやぁ? なんすか、その童貞力53万な反応」
((オラの童貞力すっげぇな。ワクワクしてきたぞ。
「あれあれあんれぇ? もぉしかして、センセー、今、誰かに恋をしていたりなんかしていちゃったり?」
((ぃやいや、恋って次元じゃないよ。すごい美人さんを見つけて、分不相応にトキメいちゃっただけ。
という表情をする無崎を見て、佐々波は、心の中で、
(……あぁん? マジで誰か気になってんのか? 無崎のくせに、生意気な)
本気でイラっとしたが、その情動は、おくびにも出さず、
「へぇ、ちなみに、誰にトキメいたんすか?」
いつもより深くニッタニタ笑っている彼女から目線を外して、
ソっと柵の下に視線を送る無崎。
そこでは、まだ、美男美女が熱く語り合っていた。
――無崎の視線につられて下を見る佐々波。
すると、そこには、知っている顔が並んでいた。
(……上品(じょうひん)と夜城院(やじょういん)……なるほど、上品の男受けする外見に、あっさり惹(ひ)かれたってわけか。相変わらず、このバカ、顔面以外は凡庸(ぼんよう)な男だな)
昔から、無崎は、『中身だけ』ならパンピーの中のパンピーだった。
皆が可愛いと思うモノを可愛いと感じ、皆が面白いと思うものを面白いと思う。
内面だけに焦点を当てた場合、掃(は)いて捨てるほどいる平均的なモブ男。
(まあ、無崎の『パンピーっぷり』はともかく、とにかく良かった。守銭奴(しゅせんど)の上品が、この非生産的なカス男に興味をしめす訳がないからなぁ)
そこで、佐々波は、眉をひそめて、
(……ん? 良かった? 良かったって、何が、だ?)
自分が、一瞬、女の顔をしていた事に、この時の彼女は気付いていない。
小学生時代、なぜ、あれほどまで徹底的に無崎を洗脳したのか。
その理由を、彼女は理解していない。
いや、彼女はバカじゃないので、
本当は、うすうす気づいてはいるのだが、
プライドの高い彼女は、自分の真意を絶対に認めない。
(……ん? ああ、そうか。無崎が上品に惚れても無駄なのは確定事項。このアホが確実に傷つく未来が想像できて面白いからか)
などと、自分を納得させるだけの理由にすがりつく。
彼女は、『自分の本音』を絶対に許さない。
((あの人、超美人だよねぇ。で、隣にいる彼氏っぽい男も同じくらい美形で……お似合いだよなぁ。はぁぁ……
力なく項垂れている無崎。
――佐々波ならば、その表情から、今の無崎が、ただ、『超イケメンの夜城院に、童貞高校生らしい、しょうもない嫉妬をしているだけだ』とすぐに察する事ができるが、他者の目には、今の無崎の表情から、『深淵をのぞいている』という印象を受けるだろう。
佐々波は、
(上品と夜城院も面白いオモチャ。無崎と関わらしてみたいな。無崎を『闘手の世界』に絡めてみようかな? うん、いいな、そのアイディア。くく、いい退屈しのぎになりそう)
どうすれば、この状況が『最も面白くなりそうか』と考えてから、慎重に口を開いた。
「センセー。……彼女は、この総生徒数5000人を超えるマンモス高校でも100人しかいない特待生。その中でも、上位20名しか選ばれない『超特待生』の一人っすよ。職業は声優。名前は上品里桜で――」
((上品?! 俺が愛しているアニメにも出ている超一流声優じゃん! ぇ、あの人が上品里桜なの?! ウソぉぉん!
「マジっすよ。上品里桜。高校二年生。三歳で芸能界入り。子役として映画・テレビ・バラエティ・教育番組に出演し、小二の時に声優業を開始。圧倒的な実力でファンの心をワシ掴みにし、今や、ほぼメインヒロインにしか声をあてていない、現時点で年収数千万を越えている超一流声優。それだけでも大概だというのに、中一の時に、数学オリンピックをテーマにしたアニメに声をあてた事がきっかけで興味を持ったジュニア数学オリンピックに出場して、あろうことか金賞を獲得してしまった数学の超天才――」
((数学も得意なの? すごいね。
「超有名人なんすけど。センセーって結構なオタク系男子なのに、何で知らないんすか」
((俺は、『作品そのもの』を愛しているだけで、声優の顔やバックボーンなんか興味ないんだよ。……しかし、なんで、そんな人が、こんな高校に通ってんの?
「この高校なら、『超特待』にさえなれば、ほとんど授業に出なくても高卒の資格が取れるからじゃないっすか? 上品センパイは、なんせ、忙しい人っすから」
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