第9話 佐々波恋の性格は、無崎の顔面ぐらい終わっている。


「――あれぇ? もしかして、そこにいるのって、『センセー』じゃないっすかぁ? うわぁ、久しぶりっすねぇ。元気だったっすかぁ?」


 昼休みが終わる直前、屋上に上がってきた銀髪ツインテールの美少女は、無崎を見ると、ニコニコ笑顔でそう言った。

 そんな彼女の顔を見て、無崎は、パっと微笑み、


 ((おおおおおお!! 佐々波ぃ! 日本に帰ってたんなら、電話くらいしろよぉお。え、てか、佐々波もこの高校? すっごい偶然だね! うわー、うわー!


 ……『という表情』で、

 彼女――佐々波恋を見つめた。

 口に出してはいない。

 あくまでも、『そういう表情』をしているだけ。


 一般人の目には『いつもと変わらない鬼の表情』にしか見えない。

 しかし、佐々波の目だけは、いつだって、無崎の本質を看破する。

 それだけでも、彼女がどれだけ稀有(けう)な存在か分かるというもの。


「センセーは表情豊かだから、顔を見れば、大体、何を言いたがっているか分かるんすけど、極度の無口な上、喋るのがクソ下手だから、電話じゃ何も通じないじゃないっすか」


 佐々波は、常にシャツのボタンを三つ目まで開けて、深い谷間を惜しげもなく晒している。

 小学生の頃から発育速度は群を抜いていたが、今の彼女はもはやポルノスター。

 ラメ盛りメイクと小麦肌が妖艶なキラキラ系女子高生。


 本来、そんな過激派美少女に話しかけられたらキョドるしかない無崎だが、しかし、無崎は、彼女のことを『たった一人の友人であり、たった一人のよりどころ』だと認識しているため、『変な態度』になることはない。

 ようするに、無崎は、彼女に依存している。

 あえていうなら、母親や姉のように思っている。

 だから、性的な目で見ることもない。


 ((そもそも、佐々波。何も言わずにいなくならないでよ。担任から佐々波の転校を聞かされた時、俺、普通に号泣したからね。


 ――『と言いたげな表情』をしている無崎に、佐々波は、


「セルンに直接忍びこんでLHCの重要機密を盗んでこいっていう無茶な任務を急に任されちゃって、秒でスイスへ飛ばざるをえなくなっちゃったから、仕方なかったんすよ。ほら、ボクって戦国時代から代々続く忍者の家に生まれたホープじゃないっすか。だから、色々と忙しいんすよ」


 ((じゃないっすかって、初耳なんだけど。なんだ、そのクソみたいな設定。


「あれ? 言ってなかったっすか? ボクが世界をまたにかける凄腕の諜報員(スパイ)だって」


 ((数年ぶりに再会した幼馴染が重度の厨ニになっていた件……ショックだ。


「ボクが、『表情だけでセンセーの言いたい事を察することができる』のも、物心つく前から特殊訓練を受けていたからっすよ。観察眼と読唇術がハンパない感じっす」


 佐々波は、決してエスパーではない。

 自分でも言っている通り、スキルがえげつないだけの話。


「パパとママが超一流のスパイだったから、その娘であるボクにかけられた期待はハンパなくて……いやぁ、小学生のころは、毎日、泣いていたなぁ。本当に厳しい訓練だった……あのころが一番つらかったっす」


 ((小学生の時、お前、メチャメチャ無邪気に笑っていたけどな。


「センセーと遊んでいる時だけが子供らしくいられた唯一の時間だったんすよ。あの輝くような日々は忘れられないっす。――ちなみに、あの小学校にも、とある任務で潜入していたんすよ。あ、これ、内緒っすよ」


 ((誰にも言えないよ。そんなイタい事。


「まあ、センセーは空気ボッチで誰とも喋ったりしないから、釘を刺す必要とかないんすけどね」


 ((言葉を選んでくれる? 泣いちゃうよ? 俺、泣く時は、マジで、わんわん泣くからね?


 とでも言いたげな、イラついている表情で佐々波を睨む無崎。


 佐々波は、『限界まで短くしているチェックのスカート』をヒラヒラさせながら、


「いやぁ、しかし、ほんと、偶然っすねぇ」


 そう言いながら、無崎の腕に絡んできた。

 とびっきり豊かな胸が腕に当たる。


 ((おいおい、佐々波。勘弁してくれ。その更に育った脂肪が当たっているから。


 という表情で佐々波を見つめると、

 彼女は、ニっと笑って、


「あててんすよぉ」


 イタズラな笑顔でそう言った。

 佐々波恋は、その場の空気や、他人の表情を読むのに異常なほど長けた女であり、そのスキルは、無崎相手でも遺憾なく発揮するため、幼少のころから、佐々波は、無崎の、たった一人の理解者だった。


 ――しかし、『良き』理解者かというと、決してそうではなく、


「いひひぃ。しっかし、センセーは相変わらず、顔のパンチが足りないっすねぇ。そんなんだとナメられるっすよぉ。なんか、中学生みたいっす」


 ((中学生に見られるのはヤだなぁ。俺みたいなゴミにも、『男のプライドらしきもの』が、なくもないからねぇ。



 とでも言いたげに顔を歪めた無崎に、

 佐々波は、ニタリと笑い、


「この高校、入るだけなら難しくないから、ガチ系のヤンキーも多いんすよ。だから、そんな『ひ弱そうな顔』をしていたら、カツアゲとかされるかもしれないっすよ」


 ((マジで? 絶対にイヤなんだけど。俺、小遣い少ないし。ど、どうすればいいかな?


 という表情でシュンとする無崎に、

 佐々波は、悪い顔で、


「ほらほら、こう、眉間にグっとシワを寄せるんすよ。相手を睨みつけて、威圧感を出して、俺は怖いんだぞぉ、下手に手を出したらケガするぞぉ、って顔をするんすよ」


 ((眉間にシワをよせる、か……えっと、こんな感じ?


 とでも言いたげに首を傾(かし)げてから、

 グっと眉間にシワを寄せて、佐々波を睨んでみる。


 『デフォルトで心臓に悪い鬼面』に加えられた『気合い』というエッセンス。

 悪鬼羅刹(あっきらせつ)の出来上がり。

 世界が、そのおぞましさに瞠目(どうもく)する。


 佐々波は、無崎の『固有結界(極悪覇気)』にあてられて、


(こぉわぁ……もはや人間じゃないな)


 つい、生存本能が刺激され、

 全力のダッシュで逃げ出したくなったが、

 すぐに自分を諫(いさ)めて、


「ぅ……ぅ、うん。ちょっとは良くなったっす。センセーは顔が可愛いから、そうやって、気合いを入れて周りを威嚇していないと、すぐにカモられちゃうっすよ」


 ((忠告、ありがとう、佐々波。小学生のころから、佐々波だけは、ずっと俺の味方をしてくれるね。本当に感謝しているよ。ありがとう。


 という表情で見つめてくる無崎を見て、佐々波は、


(くく……相変わらず、こいつ面白いなぁ。てか、ほんとバカ。まさか、高校生になっても、まだ、自分の顔面がイカれている事に気づいていないなんて。いや、まあ、気づかせないようマインドコントロールしたのはボクなんだけど、それにしたって……)


 内心ではケラケラと嘲笑っているが、決してそれを表情には出さない。


(ちょうど任務終わってヒマだし、小学校の時みたいに、またオモチャにしてやろぉ)



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