第8話 無崎くんは魔王すぎる。


「上品……お前、もしかして、例の噂も聞いていないのか? 転入してきたヤクザの噂を」


「ん? ぁあ、そっちに関しては、一応、耳にはしとるで。世界的マフィアの二代目とかいうヤツやろ?」


「少しだけ監視してみたが、寒気が走った。ヤツは完全にロキ側の人間だ」


「ははーん、なるほどなぁ。わかったで。……つまり、あんたは、そのヤクザとロキが組むと思ってビビっとんねんやな?」


「そうだ。正直に言うが、オレは怯(おび)えている。オレは正義を愛しているだけで、決して強い男ではないから」


「噂の凶面ヤンキーがホンマにロキ級で、かつロキと手を組んだら、確かに色々と厄介やなぁ。けど、もし、そうなったとしても、まだ、戦力的にはあんたのホーリーナイトと五分って所やろ。みっともないから、あんまりオタオタすんなや」


「お前はあいつを……『無崎朽矢』を知らないから、そんな呑気な事が言えるんだ」


「あんた、ほんまに、ダッサいなぁ。『二か月前まで中学生やった一年坊』に、どんだけビビってんねん。噂の悪人面(あくにんづら)が、ナンボほど気合の入った不良か知らんけど、所詮は、15のガキやんけ」


「違う。ヤツはただのチンピラじゃない。生まれながらの悪。明確な世界の脅威。平和を脅(おびや)かす元凶(げんきょう)。オレには分かる。あいつはヤバい。そして、その化け物が今――もう一人の『注目株』である『佐々波恋』と共に、オレとお前を監視している」


「ぇ……」


 そこで、上品は感覚を研ぎ澄ませてみた。

 すると、『今までなぜ気付かなかったのか不思議に思うほどの凶悪な気配』を頭上から感じて、ビリっと体が硬直した。


 チラリと視線を第二校舎の屋上に向けると、

 そこには、凶悪なオーラを放つ化け物がいた。


「ぁ……なっ……ぅそ……」


 悪魔がいた。

 絶望を纏う魔人。

 狂気を体現した、暴悪の化身。


 そして、その隣には、入学後すぐに頭角を現し、一年ながら闘手ランク2位まで一気に駆け上がった、謎の超スペック美少女『佐々波恋』がいた。


「さ、佐々波の横におる男……な、なんや、あの狂気のオーラ。凶悪やのに、早朝(そうちょう)の水面(みなも)よりも静寂な気配……ぅ、ウソやろ……」


 極悪で邪悪で酷悪で猛悪で醜悪な、しかし、同時に、途方もない気品と威厳を感じさせる静かなオーラ。


「あ、あれが無崎朽矢……な、なんやねん、アレ……ほんまに人間か? 異世界の鬼とかやなくて?」


「震えるだろう? あれは生まれながらの魔王だ。闇の底を闊歩(かっぽ)しながら、深淵をのぞく者」


「佐々波のヤツ……もしかして、あの悪魔の部下やったんか?」


「おそらく。邪知深(じゃちぶか)さが際立つハイスペックなトリックスター、佐々波恋。あの女の底知れない異常性も、魔王の腹心だったのだと考えれば、幾分(いくぶん)か納得がいく」


「は……はん。確かに佐々波は不気味な女や。敵に回したくないという点ではロキ以上。……その上司である、あの魔王も確かにおぞましい。けど、ウチは上品里桜(じょうひんりお)。いずれ世界を買う女。無様な姿は決して晒(さら)さへん。もし、アレと敵対するような事があったとしても、ウチは――」


「一人で戦うと? あの鬼は……あるいはロキ以上の悪――」


「うっさい! ウチに、正義の味方ごっこなんかしとるヒマは無いんや! あんたのチームでなんとかせぇ! あんたは悪の敵なんやろ! 未来の防衛大臣なんやろ?! ほなら、おどれの力だけで国を守れや! あほんだら!」


「もし、無崎と佐々波がロキと組めば、『悪の華』は、絶望的な巨悪になる。他の超特待連中と連合を組んでも勝てるかどうか分からない程の。……事の重さを理解してくれ。変に意固地にならず、少しは状況を鑑(かんが)みて――」


「状況なら見えとる! 最悪の時は自衛くらいできる!」


 そこで、上品は、薄く微笑んで、


「隠しとったけどなぁ……実は、もうすぐ『Mマシン』が手に入んねん」


「なんだと?! ……ま、まさか……やったのか? ついに『スカイタワー・メジャー』の攻略糸口を見つけたのか?」


「そういうこと。……ようやく、暗号が解けて、150階より上にいく手段を見つけたんや。幾何不等式(きかふとうしき)と整数問題を本気で勉強しといてホンマによかった。解体作業が多すぎるせいでクソ大変やったけど……ウチは解いた。やっぱりウチは天才やった。もうすぐ、Mマシンが手に入る。最強兵器の『メジャー級ピッチングマシン』さえあれば、誰が相手でも、逃げるくらいはワケない。あんたもロキも佐々波も、そしてあの魔王も怖ぁない」


「オレにとっても、それは朗報(ろうほう)だな。お前の目的はあくまでも金で、悪にかたよる事はない」


 夜城院は、『とても絵になる儚(はかな)げな態度』でタメ息をついて、


「なあ、上品。正義の使者になれとは言わないし、チームに入れとも言わないから、『ロキや無崎を潰す手助け』だけでもしてくれないか? 報酬なら払う。オレが保有している『プロ級の野究カード』の中から望むモノをいくつか譲渡する。だから――」


「しつこいいなぁ、もう!」


 いい加減、イラついた声でそう叫んでから、


「……もうええわ、くそ……夜城院。本音、言うたるから、耳ほじれ」


「え? ぁ、ああ、なんだ? ぜひ、聞かせてくれ」


「あんたサイドについて、ロキに睨(にら)まれたぁないねん」


「……」


「ロキは、このウチでも歯が立たん天才の中の天才や。せやから、出来る限り敵には回したぁない。ウチは常に中立な一匹オオカミ。誰の味方でもないけど、そのかわり誰の敵でもない。ウチはこれからも一人でやる。誰の敵にもならず、誰にも足を引っ張られず、誰にも依存せん。多角的に考えてみて、自分一人で行動すんのが最も成功率が高いと判断した。裏切りを心配したり、方向性で決裂したり、分け前でモメたり、そんな面倒を片づけとる暇は……ウチにはないんや」


「オレはお前を裏切ったりなどしない」


「ウチは死んでもあんたを裏切らへん。ゼニも、もういらん。夜城院様、素敵、抱いて!」


「……な、なんだ、急に」


「口だけなら、何とでも言えると実証しただけや。ウチは言葉を信用せん」


「……」


「ウチが、子役・声優として、ガキのころから、ずっと薄汚れた大人と闘ってきたんは知っとるやろ? ウチは他人を信じひん。信じとるんはゼニだけ。つまりは明確な数字だけ。ナンボ出せば何を買えるか。それだけが全部。――数字に弱いヤツは騙される。負け続ける――それだけが、この世界で最初に認識すべき、たった一つの真理なんや」


「ゆがんでいるんだな」


「ゆがんだ世界に生まれてきたからなぁ、しゃーないやろ」


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