第5話 黒き後光は、とどまることを知らない、狂気の閃光。


 無崎朽矢という顔面凶器の噂は瞬く間に広まった。


 ――なんでも、世界の転覆(てんぷく)を狙う巨大ロシアンマフィアの二代目らしい。

 ――趣味は、ポン刀で女子中学生の背中に赤富士を彫る事らしい。

 ――ほんの少しでも怒らせたら、馬の首を投げつけてくるらしい。



 噂は噂を呼び、彼・彼女らの妄想内にいる無崎は、とんでもないド鬼畜大魔王になっていた。

 無崎の無自覚な『黒き後光』は、いつだって、周囲を惑わせる妖しい剣翼。



 ――マジで勘弁してほしいぜ……

 ――警察、仕事しろ。



 ほとんどの生徒は、無崎という巨悪に対し、ただただ普通に怯えていた。

 ……が、『一部の生徒』は、彼に対し、漠然(ばくぜん)と恐れるのではなく、彼の『スペック』に、本格的な警戒心を抱いていた。



 ――その男が噂通りのバケモノなら……荒れるな。

 ――これって、ガチでヤベェ『世界規模の危機』じゃね?

 ――そんなヤクザが、もし、『野究カード』を手に入れちまったら……

 ――あの悪魔が『闘手(異能力者)』になっちまったら、この世界、マジで終わる気がする……

 ――犯罪系の天才は、『ロキ』一人だけも手一杯だってのによぉ、クソがぁ……

 ――こうなったら、正義の味方、人類の主役『夜城院(やじょういん)』さんの大活躍に期待するしかないかな。



 『無崎朽矢』という未曽有(みぞう)な脅威に対して、より深い不安感を募らせる者の割合は、この『マンモス高校・創世学園』に在籍する生徒の、およそ2パーセント。


 超特別待遇生20人と、特待生80人の計100人。

 それは、裏で『闘手(とうしゅ)』と呼ばれている特別な生徒達。


 闘手とは、『野究カード』と呼ばれている『謎のオーパーツ』を有する者達の総称。

 『野究カード』とは、使い方次第で、『神』にも『悪魔』にも成りえる強大な力。



 ――つぅか、それだけ危ない奴なら、同族の『ロキ』に加担(かたん)すんじゃね?

 ――うわ……そのパターンが実現したら、ほんとに宇宙終了だな……



 誰もが無崎に対して『恐怖』を抱いていた最中、

 たった一人だけ、噂の彼に対し、

 『異質な感想』を抱いている者がいた。

 それこそが――




「うふふ。素晴らしいですわ」




 『蛇尾 呂姫(へびお ろき)』。

 超特別待遇生徒・序列一位という、この『特異な学園』で『最強の性能』を誇る才女。


「無崎朽矢。間違いなく、彼は、わたくしと同種の人間……うふふ」


 ロキはニマァっと黒く微笑んで、

 『無崎の盗撮写真』を見つめながら、


「ああ、本当にすばらしい。なんという狂気と静寂のオーラ。わたくしのお爺様も相当な悪人面ですけれども、顔つきだけなら、無崎さんの方が遙かに格上ですわね。うふふ」


 ロキは、雅(みやび)な扇子で口元を隠す。

 富をじかに編んだようなストレートの金髪は、シャンデリアの灯りを眩しく反射させている。

 黄金比率の細い体躯は、華奢で艶やかな深い芸術性を感じさせ、新雪を嫉妬させる肌理(きめ)細やかな白皙(はくせき)の肌が、剣のような奥二重の紅い眼を引き立てている。


 ――場所は、特別棟の三階。

 『超特別待遇生徒』だけに与えられる特別個室。


 大金で磨かれたその空間は、あまりにも華やかで荘厳。

 大理石の床に、黒革のソファー。

 天井には輝くシャンデリア。

 設置されている調度品の数々は、漏れなく世界級ハイブランド。


「わたくしに限りなく近い……もしくは、同等かもしれない悪魔。うふふ。ぜひ、盟友(めいゆう)になっていただきたいものです」


「流石に、ロキちゃんほどの悪魔ではないと思うけれどぉ、まあ、確かに、とんでもなくヤバそうなヤツだよねぇ」


 ロキの唯一の配下である彼女――『二階堂 緋色(にかいどう ひいろ)』が、感嘆とも呆れとも取れる溜息をつきながら、


「ほんと、顔、怖すぎぃ。こいつ、ほんとに人間?」


 そんな嘆息(たんそく)を聞いて、

 『盗撮写真つきの報告書』に目を落としていたロキが呟く。


「お爺様の仕事を手伝っていた際、数多(あまた)の極道を見てきましたが、これほどの悪人面をした御仁(ごじん)は、ただの一人もおりませんでしたわ」


「闇社会の重鎮達が揃(そろ)って後塵(こうじん)を拝(はい)するとか、マジでハンパないねぇ」


「うふふ。報告書によると、生徒会に、彼の放逐(ほうちく)を訴える依頼が、すでに、数百件単位で来ているようですわね」


「そうなんだよねぇ。確かに、ウチの生徒会は、ロキちゃんが裏で『色々』やってくれたから、とんでもない権限を持つようになったけど、だからって、何でも出来ると思われても困るんだよねぇ。……まあ、ぶっちゃけちゃうと、生徒会長の私が一声かければ、超特待以外の生徒の一人や二人、余裕で追い出せるんだけど」


「彼を追い出すだなんて、とんでもありませんわ。それに、あなたごときが彼を追い出せると本気で思っていますの?」


「無理だろうねぇ。ていうか、こんなヤツ、怖すぎて、敵対とかマジ勘弁」


 ロキの傀儡(くぐつ)として生徒会長をやらされている二階堂は、無崎の凶悪な相貌(そうぼう)を写真で確認しながら、そうつぶやいた。


 その二階堂だが、いつも、桃色の髪を後頭部で御団子にまとめ、そこからぴょんと一本のしっぽをたらしている。少し茶色がかった瞳は純真そうで可愛らしい。

 目鼻立ちは、ロキほど派手でも精緻でもないが、全体にすっきりと整っていて、高水準の可愛らしさを感じさせる。


「うふふ。本当にすばらしい御顔(おかお)をしていますわね。これ以上ない、悪の化身。――素晴らしいのは、『有している力』が『見た目に比例している』という事。特に優れているのは情報操作能力。この報告書の経歴を見た限りだと、無崎さんは、ただの高校生としか思えません。親はどちらも公務員で、実家は小さなマンションの一室。小学生の時に教師を彫刻刀(ちょうこくとう)で刺し殺そうとした、という記録が一件だけ残っていますが、それすら、記録上は正当防衛という事になっています。うふふ……笑わせてくれるではありませんか」


「ごめんねぇ。『本当の情報』を掴みたかったんだけど、『佐々波(さざなみ)』に匹敵するガードの硬さでさぁ、本物の経歴は全然見つからなくて……ぁ、ちなみに、噂の『佐々波』と関係がある事は分かっているよぉ。その傷害事件も佐々波が関係しているみたいなんだよねぇ。どうやら、『佐々波が襲われたから』っていう理由で正当防衛に仕立て上げたみたい」


「なるほど。『佐々波 恋(さざなみ れん)』は彼の配下だったという事ですか。しかし……『佐々波』ほどの、『あつかい辛(づら)いトリックスター』を、ここまで自由自在に動かせるとは……どうやら、無崎さんは、凄まじい人心掌握術をお持ちのようですわね」


「ちなみに、『空白の二年間』が重なっているから、たぶん、その間、一緒に何かやっていたんだと思うよぉ。ただ、何をやっていたかサッパリなんだよねぇ。ほんと、凄いよ。クラッキングの技術は同世代の誰にも負けないと思っていたけど、どうやら、佐々波の方が私より上みたいだねぇ。ま、純粋なデータサイエンティストとしての実力なら私の方が上だっていう自信があるけどねぇ。そっちが私の専門だし。その技能が評価されたから、この学校の超特待になった訳だし」


「空白の二年間のアリバイには、いったいどのような理由をつけて……っ?! ふはっ!!」


「あ、見た? 笑えるよねぇ。私も、それを見た時は笑っちゃったよ。なんせ、言い訳が『病院で昏睡していた』だもんねぇ。世の中、ナメすぎぃ」


「重要なのは、その、『無茶が過ぎる戯言』の『裏』を完璧に固めている事ですわね。ふふふ……本当にすばらしいですわ、無崎朽矢さん。あなたの『悪の教養』は美しい」


「で、ロキちゃん、このヤクザ屋さんとは、いつ接触するのぉ?」


「準備を万全に整えてからですわ。ふふ、決して失いたくない貴重な人材。彼の勧誘と誘惑は、慎重に、丁寧にいきましょう」


「了解だよぉ」


「うふふ……彼が『野究カード』を使う所を想像するだけで興奮が止まりませんね」


 ロキは、優雅に黄金の髪をかきあげながら、扇子で口元を隠し、


「地獄を駆(か)る恐怖の魔王。なんと美しい光景でしょう。いずれ世界は、『無崎朽矢』という『悪』を手に入れたわたくしたち『悪の華』の足もとにひれ伏すでしょう」


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