第3話 ヤベェヤツがやってきた。誰か助けて。ヒーロー見参して。


 入学式から一カ月以上経過すれば、人間関係というものは、ほぼ完全に固まってしまう。


 そして、近年における、学校内の人間関係とは、スタートダッシュでほぼ八割が決まってしまう。

 すなわち、良好な人間関係とは、努力を怠らなかった者だけが享受(きょうじゅ)できる報酬。



 ゆえに、『彼女』の『現状』は自業自得。

 過去の恐怖体験のせいで、対人関係に対して酷く臆病になってしまった彼女――『華村美々(はなむら びび)』は、花の女子高生でありながら、完全なボッチとして、毎日を酷く単調に過ごしていた。


 小学生時代は快活で心優しい美少女だったため、いつも多くの友達に囲まれていた華村だが、今では、クラスの隅でポツンと一人、虚空を眺めているばかり。


 ――こうなった大元の原因は、もちろん、あの顔面凶器。


(もっと前向きに生きなきゃダメだって、頭では理解出来ているのだけれど……でも、人に話しかけようとすると、あの時の恐怖を思い出して体がすくんじゃう。私……どうしたらいいんだろう)


 うじうじ考えていると、チャイムがなった。


 担任の年若い男性教師が入ってきて、朝のホームルームが始まる。


「ぇえ、いきなりだが、転入生を紹介する」


「転入って、先生。入学式があったの、ほんの一か月前ですけど」


「色々と……そう、色々と『複雑な事情』を抱えている生徒なんだ。詳しくは、本人のプライバシーなので、言わないでおく。お前らも詮索(せんさく)はするな。絶対に」


「なに、その意味深な言い方ぁ」


「もしかして、少年院に入っていたとか? で、ちょっと前に出所したって感じぃ?」


「あはは。何それ、怖ぁい」


 ――そこで、担任が、


「お前ら……」


 ピンと張りつめたような声で、


「……ちょっと、黙れ」


 冷や汗が滲む声音。

 異様。

 異質。

 いつもは『気さく(生徒に媚びている)』な担任が、

 殺気のこもった視線で教え子達を睨みつけている。


 この、『ちょっと異常が過ぎる状況』に、

 いつもはノリのいい活発な生徒達は気圧(けお)される。


 ピリっとした重い空気。

 ドロっとした気まずさ。



「す、すんませーん、先生。ちょっとハシャぎすぎました。ゴメンなさーい」



 ムードメイカーのエアリーな介入。

 空気を読める奴は、どの現場でも重宝される。

 ゆったりと弛緩する空気。

 場は整った。


 ――ついに、担任教師は、その転入生を呼ぶ。


 誰もがドアに注目。

 その一瞬までは、誰もが、ワクワクの眼差しをドアに向けていた。


 女子は、『格好いい人だったらいいな』と妄想。

 男子も、『かわいい子だったらいいな』と期待。


 けれど、その呑気な空気は、


 ガラっ……


 とドアが開いた瞬間、

 モロい泡みたいにパチンと弾けて消えた。


 ピタっと静寂に包まれる。

 ――コンマ数秒の間をおいて、



「ひぃっ」



 華村が小さな悲鳴をあげた。

 すぐに口元を押さえて、小さくプルプルと震えだす。


 彼女のSAN値減少が伝染して、

 クラス内は、惨憺(さんたん)たる空気になった。


(ぉ、おいおい、ちょっと待ってくれ……マジの少年院帰りとか、ふざけんなよ)


(何だよ、あの鬼みたいなヤクザ……何で、あんなのが高校とか来てんだ)


(え、鬼? ……人間……いや、鬼だよね、あれ……え、どういう……え?)


 『謎の時期』に編入してきた『新たなクラスメイト』は、のっしのっしとした、威圧感たっぷりの足取りで黒板の前に立つと、音もなく、スっとチョークを握り、そして、


「……っ」


 その白い棒を、バキっとへし折った。


 ――その光景を見た者は、瞬時に理解する。


(((名前を黒板に書く事すら煩(わずら)わしい、か……まさに見た目通りの性格だ)))


 ぬるりと蔓延(まんえん)する狂気。

 空気が淀(よど)むほどの、圧倒的な存在感。


 『深淵(しんえん)に濡(ぬ)れた絶悪(ぜつあく)』を、遠慮なくまき散らかす、

 その『イカれた悪魔』は、

 黒板を睨みつけたままの姿勢で、

 ボソっと


「……む……ざき」


 それは、脳をかき乱すような重低音。

 でかい背中で、名前を告げられたクラスメイト達は、ギチィっと委縮する。


 無崎の、あまりにも威圧的過ぎるオーラを一身に受けてしまったがゆえに、こらえ切れなくなって、ポロポロと涙を流している生徒もチラホラ。

 体が、小刻みに、勝手に震える。

  勇気が死んでいくのを感じる。

   心が叫びたがっていたんだ。


 ――無崎は、右手の中指でグラサンを下にずらしながら、担任に『死線』を送る。


(ひっ……)


 担任教師はビクっと体を震わせたが、


(くっ……怯むな、俺。ビビるな、退(ひ)くな、媚(こ)びるな。最初が肝心なんだ。堂々と――堂々と接するんだ)


 グっと両の拳を握りしめ、どうにか己を奮い立たせ、


「む、無崎朽矢くんだ。皆、わかったな。さあ、無崎さ……くん、一番後ろの窓際、あそこが君の席だ」


「……」


 無言のまま、無崎は担任から目線を離すと、スラックスのポケットに片手をつっこみ、肩を揺らしながら、のっしのっしと、自分の席に向かう。


 転校系イベントの定番と言えば、『新参者の足をひっかけようとするチョケたバカの蛮行(ばんこう)』――なのだけれど、しかし、当然、誰も無崎に足を出したりしない。

 出来る訳がない。


「……ふぅ」


 重い呼吸だけでクラスをピリつかせながら、ドカっと席についた無崎。


 一つ前に座っている男子生徒は、恐怖のあまり漏らしそうになった。

 というか、普通に漏らした。

 小をもらすだけで、大は我慢した。

 それだけでも褒めてほしいと思った。


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