第四章 帝国南部、リアトリス組
19 最速で動こう
僕を背に乗せた魔馬が、高速で街道を駆ける。
セントポーリア侯爵領の中心地であるフルーメン市から東に進むと、パブルム市という人口十万の小都市がある。そこから先は大きく三つに分岐していて、シナモン伯爵領の各防衛都市へと街道が繋がっていた。
僕は鞍の上から、
「ありがとう、雷鳴号。おかげでトライデント市まであっという間に着くよ」
「ブルルルン」
「僕にも君とちゃんと意思疎通が図れるといいんだけど……残念ながら、それには魔物使役師の特殊な才能が必要みたいでね。あの魔法は魔道具化も難しいみたいだからさ」
僕の乗っている雷鳴号は、
その速さは雷鳴に例えられるほどで、すごい名馬なんだけどね。どうもプライドが高くて背に乗せる人を選ぶから、なかなか引き取り手が見つからなかったみたいなんだよ……うーん、僕には最初からけっこう懐いてた気がするんだけどなぁ。
初対面の時なんて、大興奮で僕の方に突っ込んできたもんだからさ。彼女の首にダメージがいかないよう柔らかく受け止めて、よしよしと首周りの毛並みをワシャワシャ撫でてあげたんだよ。あぁ、左手はなんか甘咬みみたいな感じでモグモグされてたから、右手一本で撫でる感じでさぁ。魔馬ってけっこう人懐こくて可愛いんだなぁと思って。
しばらくそうしていたら、雷鳴号はなんだかブルブルと震えながら横倒しになってお腹を見せてきたからさ……それで、魔物使役師から「服従するらしいです」とか言われて、なんかプレゼントされることになっちゃったんだよね。
そんなわけで、雷鳴号は僕専用の魔馬になり、普段は亜空間庭園の一画で瘴気水と飼い葉を食んでのんびり暮らしている。必要な時にはこうして僕を背に乗せてくれるようになったから、陸地での移動はだいぶ楽になったんだよ。
「そういえば、過去の資料を改めて見返しててさ。呪術――瘴気を利用した術ってやつの情報を見つけたから、研究し始めたんだよね。君にも何か良いフィードバックができるといいと思ってるんだけど」
「ブルルルン、ブルルルン」
「ははは、何言ってるか分かんないなぁ」
ちなみにミミたち
ミミと雷鳴号は亜空間庭園でも仲良くしてるみたいだけど……一体どんな会話をしているのか、僕には教えてくれないんだよね。女子会の内容を聞き出そうとするのは無粋だとか言っててさぁ。まぁ、楽しそうだからいいけどね。
◆ ◆ ◆
トライデント市の付近に到着すると、雷鳴号は僕の顔や首をひとしきりベロンベロンと舐め回して戯れてから、亜空間の中に帰っていった。ありがとね。すごい唾液まみれになったけど。
さてと、気を取り直して。トライデント市の外観は、都市というより城塞と言った方がイメージに近いかもしれない。貴族同士で戦争が起きたときには防衛の要になる場所なので、警備も厳重である。
それにしたって、市内の様子はずいぶんと物々しい感じだけど。民衆の顔が強張っているというか……とにかく笑顔が見られず、口数も少ない。
「――ダルマー、出てきて」
「へい、兄貴。もうトライデント市ですか」
「うん、予定よりかなり早かったよ。それで道案内をお願いしたくてね。まずはトライデント支部の事務所を確認したいんだけど……この街の雰囲気だと、あまり良い状況じゃなさそうなんだ」
そうして、ダルマーの配下二十名を亜空間から外に出す。
彼らはみんなダルマーと一緒にフルーメン市に滞在していた精鋭たちなんだけど、なるべく短時間で移動したかったから僕の亜空間に入ってもらっていたんだよ。
「分かりやした。事務所に向かいながら、何人かに情報収集をさせやす」
「うん、よろしく」
ダルマーは配下にテキパキと指示を出すと、荒々しい魔力を滲ませながら街を進んでいく。
トライデント支部を取り仕切っているのは、ベラドンナ家の分家の一派らしい。ダルマーから見ると叔父にあたる人物がその頭領をしていて、この都市の自警団のような活動をしているらしいのだが。
――遠目からでも、トライデント支部の事務所の凄惨な様子は、すぐに確認できた。
赤い布に黒い文字で「リアトリス組・甘党連合」と書かれた旗が立ち並び、外壁に沿うよう並べられた台には、男たちの生首がずらりと並んでいる。生首の顔ぶれに見覚えはあるか、とダルマーに尋ねようとしたのだが。
「……叔父貴」
問いかけるまでもなく、彼の表情だけで事態を察することができた。
僕なりに急いで来たつもりだったけど、それでも遅かったらしい。おそらくトライデント支部の上層部は全滅と見ていいだろう。
「ダルマー。事務所は奴らの手に落ちたみたいだ。こういう場合に、第二の拠点になる場所は?」
「組で運営している工場がありやす……生き残りがいれば、おそらくそこに集まっているかと」
ダルマーは顔を顰め、奥歯を強く噛む。
するとそこに、情報収集のため放っていた部下が帰ってきた。彼らの表情も悔しそうに歪んでいて、想定より状況が良くないことが察せられる。
「ダルマーさん。お嬢が……ベッキーさんが奴らに捕らわれているみてえです」
「……なんだと」
「リアトリス組の幹部が近々ここに来るみてえで、事務所にいた女連中は貢ぎ物として確保してあるとか。街の衆からも見目の良い女が何人か攫われたと聞いておりやす」
なるほど。それは緊急事態だな……となると。
「――ペンネちゃん、キコ。出てきてくれるかな。話は聞いていたと思うけど、囚われた者たちの救出を手伝ってほしい」
そうして、僕は亜空間から二人を出す。
あと必要なのは。
「――ジャイロも出てきてくれ。配下を連れて、ダルマーと一緒に第二拠点の防衛を固めてほしいんだ。何をするにしても、まずは足場をしっかりしないと」
「へい、兄貴」
ジャイロとその配下三十名。
僕がこの場に連れてきた戦力は、これで以上だ。
リアトリス組の狙いが僕にある以上、奴らがフルーメン市にある僕関連の施設を狙う可能性は高い。残してくる人員の配置も重要だからね。
アマリリス商会の事務所ではレシーナ、リリアが全体の指揮を取って守りを固めている。黒蝶館、舞葉館についてはジュディスを中心に置きながらアマネとジュクスキーを。妖精庭園では少数民族の戦士たちをメインに、オーキッドやルーカスも手伝ってくれるらしい。歴史資料館についてはライオット、ミントが夫婦で守ってくれるから……あとは怪我人が出た場合に備えて、ガーネット、ブリッタとピピ率いる小人部隊が治療や看護の準備をしてくれている。あぁ、バンクシア物流商会の方はちょっと手薄だけど、元傭兵の商会員が防衛用の魔道具で守ってくれるみたいだ。
「ダルマー。僕はこれから捕らわれた人たちを救出に向かう。君の妹――ベッキーについては僕に任せてくれ。どんな扱いをされているかは分からないけど、彼女たちを救うため最善を尽くすと誓おう」
「へい。どうか、妹をよろしくおたの申します」
「そうだな……君には貴族の動きを探ってほしい。この悲惨な状況で、治安を守るはずの騎士団が全く動きを見せていないのは明らかに変だ」
下手をすると、リアトリス組はすでにこの都市の代官と話をつけている可能性もある。そうなってくると、今後の僕らの動き方も変わってくるわけだし。
「最速で動こう。何かあれば、
「へい」
そうして僕は、ダルマーとジャイロにその場を任せると、リアトリス組の手に落ちた事務所へとまっすぐ向かっていった。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
嫁を名乗る者や舎弟などがずいぶん増えたので、一覧にまとめてみました。
【ヤクザ転生】嫁を名乗る者と舎弟の一覧(第四部第三章末時点)
https://kakuyomu.jp/users/masaka-mike/news/16818093083690796325
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